道徳は正しいのか?

道徳という言葉を聞いてどういうイメージを思いうかべるでしょうか。一般的な常識に基づいて考えるならば、道徳は正しいものと理解されがちです。ですが、その道徳が時として人を誤らせることがあると指摘されたら、どう思うでしょうか? そんなことはないと即座に反論する姿が浮かびます。その時点で人間はすでに冷静さを失い、間違いのもとを作り出しているのかもしれない。そんなテーマを扱ったものが管賀江留郎による著書『道徳感情はなぜ人を誤らせるのか:冤罪、虐殺、正しい心』(洋泉社)です。


データに基づく審理

著者はインターネット上で「少年犯罪データベース」を主宰し、2007年に『戦前の少年犯罪』(築地書館)でデビューを果たします。そこに描かれているものは「最近の少年犯罪は凶悪化している」というステレオタイプな物言いに、古雑誌や新聞などのファクトデータを駆使して、そんなことはないと逐次反論していくものです。著者が繰り返し指摘するのは、ある前提や思い込みなどによって人は間違えることがある、それを退けるのは客観的なデータであるというものです。本書においてもそのテーマは貫かれており、間違えるはずのない冤罪がなぜ起こるのかという問いを戦前に起こった「二俣事件」「浜松事件」といった凶悪犯罪をケースに読み解いてゆきます。そこに登場するのは暴力による自白を強要する一方で、もっともらしい証拠を積み重ねて検察官や裁判官をなんとなく納得させてしまう刑事、その暴行を告発し逆に職を追われてしまった刑事、あるいはパソコンもない戦前にデータベース構築を目指した警察官など、さまざまな人物が登場します。

現在にまで続いている

本書は一見「戦前はひどい時代だった。今は科学捜査が進んでいるので違う」といった読後感を得るかもしれません。ですが、著者も指摘するように、良いことをしているのだから間違えるはずはない、とった「道徳(感情)」こそに罠があり、現在まで続く問題が横たわっています。難しいテーマを扱っているようでミステリー小説を読み解くような楽しみもあります。

    
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