敬語を使うときの5つの基本的な考え方

敬語は複雑なため、相手やケースによってどの敬語を使えばいいのか悩むことがあります。今回は、悩んだ時に思い出したい敬語を使う時の基本的な考え方を「敬語の指針」より紹介します。


1. 現代の敬語は、相互尊重を基本として使う

敬語は、古代から現代に至る日本語の歴史の中で、一貫して重要な役割を担い続けていますが、敬語の持つ意味は時代によって変わっています。敬語が人間の上下関係を表すことと密接に関連している時代もありました。

しかし、現代での敬語は、

その人を尊重しようという気持ちを表す
その人の立場に配慮する
その人と親しいか親しくないかといった親しさの程度を示そうとする

ために利用されています。すべての人は基本的に平等です。そのため、一方が必要以上に尊大になったり卑下したりすることなく、お互いに尊重し合う気持ちを大事にする必要があります。このような「相互尊重」の気持ちを基本として敬語を使うことが大切です。

2. 敬語は社会的な立場を尊重して使う

敬語は、敬意に基づき選択される言葉ですが、敬意は必ずしも尊敬の気持ちだけではありません。その人の「社会的な立場を尊重すること」も敬意の現れの一つです。

仮に尊敬できない人であっても、その人の立場・存在を認めようとすることは、一つの「敬意」の表現となり、その気持ちを敬語で表すことは可能です。それは、自分の気持ちを偽っていることにはなりません。

むしろ、敬語を使うべき場面で敬語を使わないことは、社会人として、相手にとって失礼と鳴るおそれがあることを認識しましょう。敬語の役割の一つには「社会人としての常識を持っている自分自身」を表現するという側面もあります。自分自身の尊厳のためにも敬語は使われるのです。社会人にとって、敬語を使うことの意義は、ここにあります。

3. 敬語は「自己表現」として使う

社会生活において、敬語が常に必要になるわけではありません。相手や状況によっては、敬語を使わない方が、かえって自分らしさが表現できたり、相手との心の交流が円滑に進んだりする場合もあります。そのようなときに、あえて敬語を使わないという判断を自分自身で行うことは適切なことです。

一方、相手や状況によっては、敬語を使わなかったために、相手を尊重する気持ちが十分に伝わらない場合もあり、そのために相手や周りの人々に不愉快な思いをさせてしまうこともあります。敬語を使わない表現を選ぶのか、それともここは敬語を使うのか、相手との関係やその場面の状況をよく考えた上で、自らの判断で決めることが必要です。

4. 敬語は過剰でなく適度に使う

慇懃無礼と言われるように、言葉は丁寧であるにもかかわらず、態度は無礼であるということがあります。言動が一致していないのです。

敬語をたくさん使えば丁寧になるというわけではありません。敬語を使う際に、相手に対する配慮の意識がなく、むしろ見下しているような気持ちがあるとすれば、敬語を使っていても失礼に感じられてしまいます。

また、表現している内容自体が敬語を使うことに合わないような場合もあります。失礼な内容については、敬語を使ったからといって、その失礼さが消えるわけではありません。

5. 敬語は自分の気持ちにふさわしいものを選んで使う

敬語を使うことによって、相手にかかわるものは、大きく、高く、立派で、美しいと表すことができます(御高配、御尊父、玉稿など)。反対に、自分にかかわるものは、小さく、低く、粗末だと表すこともできます(小社、愚見、拙稿など)。

このような言い方は、伝統的になされているものであり、卑屈な言い方というよりも、自分にかかわるものを小さく表すことによって、相手に対する配慮を示す意識で使われているものです。よって、このような表現の形が「自己表現」として、自分の気持ちに合っていると思う場合にはこのような表現を使うようにしましょう。

また、このような敬語のほかにも、自信を持って作った料理でも、「お口に合うかどうか分かりませんが、どうぞ。」といった表現などがあります。これも、おいしくないのに勧めるということではなく、自分の判断を押し付けないという意味で相手に対する配慮を示したものです。もちろん、「今日はおいしくできたと思いますので、召し上がってみてください」というように、自分の判断を率直に表すことで、相手に対する配慮を示すことも可能です。

敬語を使うときに、悩んだら敬語を使うときの5つの基本的な考え方を参考にしましょう。

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参考リンク

「聖徳太子の「冠位十二階」から始まった身分制度。敬語が始まった歴史的理由」

    
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