敬語が複雑になった歴史的理由

「目上の人には敬語を使え」と言われています。でも、「目上」という言葉には、とんでもない意味がありです。「身分」があった昔には、「偉い人は高い所、偉くない人は低い所」が、あたりまえのように決められていたのです。では、敬語が複雑になった歴史的理由を紹介します。


身分制度と敬語の関係

「身分」は、江戸時代の「士農工商」が有名です。「武士」が一番えらくて、次が「農民」、その次が「職人(工)」で、一番下が「商人」です。「町人」というのは、下の二つの「工商」です。でも、町で大工さん(職人)に会った越後屋の番頭さん(商人)が、「大工さんは自分より身分が上だから、尊敬の敬語を使わなくちゃいけない」なんてことを考えたりはしませんでした。

田舎から町に出て来たお百姓さんが、「これ、そこの町人、道を尋ねてやるから教えろ」なんてえらそうに言うこともありませんでした。「士農工商」の区別はあっても、徳川幕府が問題にしたのは、「武士だけは特別」ということでした。

だから、武士はえらそうにしています。「無礼者! 手討ちにしてくれるわ!」と、まるで通り魔みたいなことを平気で言いました。だから、武士とすれ違うと、「農工商」は、軽く頭を下げて、「尊敬」をあらわします。武士には「尊敬の敬語」を使って、武士の前にいる自分たちには、「謙譲の敬語」を使わなければなりませんでした。そうじゃなければ、「無礼者!」です。

でも、武士がいなかったら、農民や町人たちは、「丁寧の敬語」だけでもだいじょうぶです。武士という階級だけが、やっかいなのです。

たとえば、殿様の用事でよその殿様のお屋敷に手紙を持って行ったあなたは、「下っぱの侍」です。そんなあなたは、返事の手紙をもらって自分の殿様の屋敷へ帰っても、また「庭に座る」です。

もしかしたらあなたは、自分の殿様の顔を直接見たことがないかもしれません。自分の勤める屋敷の中にだって、入ったことがないかもしれません。ふしぎかもしれませんが、「身分の差」というのは、じつは、身分が特別である武士たちのあいだで、やかましく言われたのです。

殿様の住む屋敷には、いろんな部屋があります。その部屋にも、ランクがあります。殿様が家来を集めて会う、一番ランクの高い公式の部屋には、「上段の間」というスペースがあります。殿様が座るための、一段高い場所です。

家来たちは、その「上段の間」の前に、偉い順に座ります。「上段の間」に近い方が「上座」で、そこから遠いのが「下座」です。床の高さが同じ部屋の中にも、ちゃんと「上下」があります。部屋のはずれの「下座」でも、部屋の中にいられるのは、まだ「いい身分」です。ランクが下の侍は、部屋の外の、一段下がった縁側で、それより下だと「庭」です。

「身分が高い」とされる人たちの世界は、そういうふうに細かくランク分けされていて、町人たちの礼儀は、それをまねしたのです。「上流階級ふうにすればするほど、自分のランクは高くなる」と、上流階級じゃない人間たちは思うんです。「偉い人」と「えらくなりたい人」だけが、「えらさ」をやかましく問題にするのだと思ってください。

オレたちは偉い」と思った人たちは、自分たちの「えらさ」をはっきりさせるために、いろいろと「えらさのランクづけ」をして、細かいきまりを作ります。そのきまりの外にいるのが、「偉くない人」です。江戸時代でいえば、農民や町人です。

偉くない農民や町人は、「偉い人」や「偉い人の住む世界」と接触しないかぎり、らくです。せいぜいおたがいに「丁寧の敬語」を使うだけで、「尊敬の敬語」や「謙譲の敬語」のことなんか考えなくてもすみます。どうしてかと言えば、「人のランク」というのが「偉い人の世界」にだけあって、「偉くない人の世界」にはないからです。

休み時間の教室のことを考えてください。友だち同士は「タメ口」でしょう。「タメ口」は、「敬語なし」の話しかたです。ちょっと話しにくい友だちには、「丁寧の敬語」を使います。一番かんたんな区別は、呼びかたです。

仲のいい友だち同士は、「田中!」とか呼びすてです。もっと仲がよくなると、苗字じゃなくて、名前のほうを、「ハルオ!」とか「ハルコ!」とか呼びすてです。そして、そんなに仲がよくない友だちには、「さん」や「くん」の敬称をつけます。友だち同士で敬称をつけるのは、相手を尊敬してるからではなくて、それを「丁寧」に置きかえているのです。現代には「人のランク」がないので、昔の「尊敬」は、かんたんに「丁寧」に変わります。

そういう、先生のいない「休み時間の教室」は、「偉くない人の世界」です。それに対する職員室の中は、「偉い人の世界」です。だからここには、「ランクづけ」があります。校長先生と、教頭先生と、ヒラの先生の机のならび方は、「偉い順」です。

職員室に呼ばれると緊張するのは、そこが「ランクづけのある偉い人の世界」で、授業中に緊張するのも、先生がその「偉い人の世界」からやって来るからです。先生は「お侍さま」で、生徒は「町人」みたいなもんです。

「偉い人の世界」は細かくランク分けされていて、ややこしい敬語が必要です。だから、その「偉い人の世界」からやって来た人は、めんどくさい敬語の区別を知らない「偉くない人」を、すぐに「無礼者!」と怒るのです。

うーん、歴史と敬語の関係性は面白すぎますね! もっと敬語の歴史を知りたい人に「ちゃんと話すための敬語の本」はおすすめの敬語本です!

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参考本

「ちゃんと話すための敬語の本(橋本治)」

    
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