尊敬語と謙譲語Ⅰを使う場合の3つの注意点

尊敬語と謙譲語Ⅰは、ある人物を「立てる」敬語です。敬語の指針では以下のように定義されています。

尊敬語は「相手側又は第三者の行為・ものごと・状態などについて、その人物を立てて述べます」

謙譲語Ⅰは「相手側又は第三者に向かう行為・ものごとなどについて、その向かう先を立てて述べます」

実際の場面で尊敬語や謙譲語Ⅰを使う場合の注意点を紹介します。


尊敬語・謙譲語Ⅰを使う場合の3つの注意点

1. 自分側は立てない。
2. 相手側を立てる
3-1. 第三者については、その人物や場面などを総合的に判断して、立てる方がふさわしい場合は立てる。
3-2. 自分から見れば、立てるのがふさわしいように見えても、「相手から見れば、立てる対象とは認識されないだろう」と思われる第三者については、立てない配慮が必要。

1. 自分側は立てない

1. の「自分側」には、「自分」だけではなく、「自分の家族」のように、「自分にとって自分側と認識すべき人物」も含めてとらえるものです。つまり、他人と話す場合に

「父は来週海外へいらっしゃいます」

と述べるのは適切ではありません。尊敬語の「いらっしゃる」によって、自分側の「父」を立てることになるからです。

「明日父のところに伺います」

と言う場合も、謙譲語Ⅰの「伺う」が「向かう先」を立てる働きを持つため、自分側の「父」を立てることとなってしまうため不適切です。

このように、「自分側は立てない」というのが、尊敬語や謙譲語Ⅰを使う場合の基本的な原則です。自分側のことについて述べる場合は、自分側を「立てる」結果になるような敬語は使わず、

「父は来週海外へ行きます」
「明日父のところに行きます」

のように言うのが一般的な述べ方です。ただし、自分側のことを言うために使うふさわしい敬語(謙譲語Ⅱ)が別にある場合には、これを使うと、相手に対する丁重な言い方になります。

「父は来週海外へ参ります」
「明日父のところに参ります」

2. 相手側を立てる

2. の「相手側」には、「相手」だけではなく、「相手の家族」のように、「相手にとって自分側と認識される人物」も含めてとらえるものです。「先生」やその家族と話す場合に、

「先生は来週海外にいらっしゃるんでしたね」
「先生のところに伺いたいんですが」

などと述べれば、相手側を立てることになり、このような使い方が尊敬語や謙譲語Ⅰの典型的な使い方となります。

「先生は来週海外にいらっしゃるんでしたね」

は、尊敬語によって「行為者」である「先生」を立てます。

「先生のところに伺いたいんですが」

は、謙譲語Ⅰによって「向かう先」である「先生」を立てます。相手を立てようとする場合に、尊敬語や謙譲語Ⅰを使います。このように相手側を立てるのが、尊敬語や謙譲語Ⅰの典型的な使い方です。

3-1. 第三者については、立てる方がふさわしい場合は立てる

「先生」やその家族と話すわけではなく、友人と話す場合にも、

「先生は来週海外にいらっしゃるんでしたね」
「先生のところに伺いたいんですが」

などと、「先生」を立てて言うことがあります。この場合の「先生」は、「相手側」ではなく「第三者」ですが、その人物や場面などを総合的に判断して「立てる方がふさわしい」ととらえられているわけです。3-1. は、このような場合を言うものです。尊敬語や謙譲語Ⅰは、このように第三者を立てる場合にも使われます。

3-2. 相手から見れば、立てる対象ではない場合立てない配慮を

3-1. の友人が、同じ「先生」の下で一緒に学んだことがある友人なら、一般に、3-1. の例のように「先生」を立てた言い方を聞いても、違和感を持たないでしょう。しかし、自分だけが知っている人物のことを、その友人の全く知らない人物の前で話題にする場合、

「昨日、高校の時の先輩が遊びにいらっしゃったんですけどね」

などと立てて言うと、聞いた友人は、自分の全く知らない人物を立てられることになり、違和感を感じる可能性があります。このように、自分から見れば、立てるのがふさわしいように見えても、「相手から見れば、立てる対象とは認識されないだろう」と思われる第三者については、立てずに言います。

「昨日、高校の時の先輩が遊びに来たんですけどね」

と言うのが適切です。尊敬語と謙譲語1は相手を「立てる」のが基本とおぼえておきましょう!

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