つんくに学ぶミリオンセラーの法則「ヒントはいつも自分のいちばん近いところにある。」

つんくさんは「シャ乱Q」というバンドでデビューしました。ところが、デビュー曲はさっぱり売れず、その後も鳴かず飛ばずの日々が続きました。しかし、「シングルベッド」という曲でミリオンセラーを達成しました。どうやって、つんくはミリオンセラーを生み出したのでしょうか? そのアイデアの秘密を「一番になる人(著者:つんく)」より紹介します。


なぜ、初期シャ乱Qは売れなかったのか

当時のつんくは、プロの作詞家に並びたいという意識が強かったせいもあり、とにかくカッコいい詞を書くことが大事だとすっかり勘違いしていたのです。

たとえば、プロデューサーから、恋愛をテーマに詞を書けといわれたとき、「おまえを気球に乗って迎えに行くぜ」みたいな、いまでは笑ってしまうのですが、まったくリアリティのないメルヘンのような詞ばかりを書いていました。

つんく自体は、「白馬に乗った王子さま」どころか、どちらかといえば、三枚目寄りの人間です。そんな男がカッコいい詞を書こうなんて、前提から間違っているのです。プロデューサーからは「違う、違う」と、何度もダメだしされ、毎日、四六時中、道を歩いていても、テレビを見ていても、「売れる詞」になる言葉をずっと探しつづけていました。

シングルベッドが生まれたきっかけ

そんなある日、家のなかで部屋を眺めていたときのことです。

「俺がいま、ここで座ってる、この狭い部屋だ。これを書こう」

とハッと気づいた瞬間がありました。そのとき書いた詞が、その後、ミリオンセラーとなり、「シャ乱Q」が世に出るきっかけとなった「シングルベッド」です。

ビッグヒットのヒントは、自分とは遠く離れたところにではなく、自分が住んでいたワンルームの部屋、つまり、自分のいちばん近いところにあったのです。

「シングルベッドで夢とお前抱いてた頃 くだらない事だって 二人で笑えたね」

じつは当時、つんくはパイプベッドにふとんを敷いて寝ていました。さすがにパイプベッドにふとんを敷いていることを詞の中で説明すると長くなる。そこで、端的に「シングルベッド」という言葉でまとめることにしたのです。

そこに着眼できた後は、一気に詞を書き上げました。「シングルベッド」は当時の自分そのものを反映させた歌詞です。

「流行の唄も歌えなくて ダサイはずのこの俺」

もちろんそのままではありませんが、上京したばかりの、1Kの狭いアパートで暮らしている男の心情を、シングルベッドという家具に託して書いたものです。

「天才だよ。これはプロの作家には書けないよ」

当時のプロデューサーに詞を持っていくと、初めて絶賛してくれました。それまではいろんな人に書き直されていた僕の詞が、このとき以来、しだいにそのままのかたちで出せるようになりました。

ヒントはいつも自分のいちばん近いところにある

ヒット曲をつくる。そのためには天才的なひらめきや発想力が、夢のような仕掛けが必要だと思いがちです。でも、ヒントはいつも自分のいちばん近いところにある。そのことに気づいて以来、つんくさんは自分になじみのある場所、物、気持ちなどを歌に託したヒット曲を送り出せるようになったのです。

ミリオンセラーを生み出すヒントは、いつも自分のいちばん近いところにあったのです。

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