学生の「自己分析」がイタすぎる理由

自己分析は、自分の過去の成功体験や失敗体験、行動パターン、価値観などを振り返り、「自分とはこういう人間なのだ」ということを発見するために行うものです。自己分析は就職活動の出発点とされており、自己分析を支援するための診断テストのようなものも存在しています。

大学の就職課の指導でも、自己分析はかなり初期に行われている。学生たちは「就職に関する基礎講座」を受けたうえで、「自己分析」「業界研究」「企業研究」「職種研究」を進めるようにと指導されることが多いです。

さて、この「自己分析」こそが、学生を悩ませているうえに、無限に広がる可能性を奪っているという議論があります。それどころか、かえって早期転職の一因にもなっているとの意見さえあります。そもそも、今まで何も考えずに生きてきたバカ学生に自己分析をしろと言っても無理があります。「バカでした!」という答えしか出てこないではないかという理由を就活本の名書「就活のバカヤロー」より紹介します。


あなたの経験は本当に強み?

これまで特に何も考えずに大学に入り、サークルやアルバイトなどを漠然とこなす日々を送ってきた人。これまで平凡な人生を歩んできた人は、自己分析をしても、何も出てこなくて悩むことでしょう。それはそうだ。自己分析の前は何も考えないで済んだのだから。それでも、それなりに幸せに生きてきたのもまた事実です。

ここで、テニスサークルの代表などを務めた学生、体育会で華々しい成績をあげた学生、海外経験が豊富な学生、DJやストリートダンスなど「変わったこと」(と自分では思っている)をやってきた学生、産学協同研究などを行ってきた学生は得意満面、天下を取ったかのように思い込みます。

「他のバカ学生と自分は違う。これをがんばりぬいたから、自分は●●な人間だ」

  • 自分は他の学生とは違う
  • ウリがある
  • 「がんばったこと」がある

就活では絶対に有利だと信じ込んでしまうのです。

それ、自己分析じゃありません

あるいは、学生の自己分析はたいてい「入りたい業界・企業」に合わせたものになってしまっています。そもそも、「自己分析」になっていないのです。たとえば、テレビ業界を志望する学生の自己分析は、

「自分は幼い頃からテレビっ子で、ずっとテレビとともに歩んできました。また、幼い頃から人を楽しませるのが好きでした。自分という人間は、テレビを使って世の中を楽しくしたい人間であると確信しました。」

こんなことは誰にでも言えます。いや、誰だってそうでしょう。名詞を入れ替えて、コピペすれば、他の業界にも使えます。電機メーカーや電力会社を受ける際は、つぎのような自己分析をするでしょう。

「自分は幼い頃から電化生活を送り、ずっと電気とともに歩んできました。また、幼い頃から人を楽しませる、電気のような明るい性格でした。自分という人間は、電気を使って世の中を楽しく明るくしたい人間であると確信しました。」

人事は中身を知りたい

これのどこが自己分析なのでしょうか? この程度の、掘り下げの足りない自己分析を行っている学生がよく見られると、各社の人事担当者は口にします。そもそも企業の人事は、学生が何をやったかはどうだっていいと思っています。それよりも、どうやったかという中身こそが重要なのです。

だから、電気のように明るい性格なのかどうかはどうだっていいんです。極論すれば、闇よりも暗い性格であっても企業にとって必要な人材であれば採用します。自分のことを理解するには、他人からの視点を理解しなければいけません。何かに取り組む過程で、自分とは何かということに気づくものです。

そのことに学生は気づけない。いや、気づくかどうかにかかわらず、就活マニュアル本などに流されて、やってもやらなくても変わらないレベルの自己分析をやってしまうのです。机に向かって今までの人生を広く浅く振り返り、もっともらしい言葉で表現します。これが、今どきの学生たちの自己分析なのです。

学生の「自己分析」がイタすぎる理由を理解して、きちんとした自己分析を行いましょう。

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参考本

「就活のバカヤロー」

    
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