サイバーエージェントがメディア事業で成功するまでの藤田晋の会社経営のジレンマ

サイバーエージェントといえば、アメーバブログ、アメーバピグ、スマホゲームとメディア事業の成功を収めた会社です。しかし、メディア事業の成功をするまでに、大きな会社経営のジレンマを抱えていたのです。


■投資家とのメディア事業投資へのジレンマ

サイバーエージェント藤田社長著書の「起業家」でこう語っています。

ネットビジネスの先行投資とは、主に人材と時間への投資です。製造業のように設備投資とか物流網を作り上げるといった目に見えるものへの投資ではありません。つまり、長い時間をかけて人が作っていくものに投資をしていくことの必要性を、投資家に分かりやすく説明する必要があります。

しかし、先の見えないネット業界で、しかもメディアを作り上げることに何の実績もない私が説明をしても、誰も聞いてはくれませんでした。聞いてはくれても、理解してくれなかった、というほうが正確かもしれません。

「なぜ、そんなに金を使ってできもしない事業を立ち上げようとしているのか?」
「なぜ、営業の会社がメディアを作るなんて大それたことを言っているのか?」
「頼むから余計なことをして金を減らさないでくれ」
「せめてじっとしていてくれ」

そんなふうに世間から責められているような気分になりました。

■社内からもメディア事業への反発

それらのプレッシャーは社外からのものだけでなく、社内からも、いや社内のほうがより深刻だったかも知れません。投資家だけでなく、社員にメディアビジネスを推進していくことを説明するのもまた、茨の道でした。

「誰もメディア事業なんてやりたいと思っていないのではないか?」
「実績がない私を誰も信じてないのではないだろうか?」

そんな疑心暗鬼に襲われることは珍しくありませんでした。当時の広告代理事業は、ネット業界への逆風の中、日々受注し粗利益を稼いでくれていました。当然のように、広告代理事業で働いていた社員は、「メディア事業が垂れ流している赤字を自分たちがカバーしているんだ」という意識が強かったと思います。

営業が仕事を取ってくれば毎月売上が立つ広告代理事業は、赤字が続く会社で働く社員にとっては、将来への不安を払拭する、唯一の心のよりどころにもなっていたのです。そんな中、どうやって利益を上げるかも分からないような、先の見えないメディア事業に乗り出すことに対して積極的な人は限られていました。

■脱広告ができないメディアサービス

また、当時はコンテンツやサービスよりも、広告を主軸にメディアを運営しているものばかりでした。そのため、ネットユーザーからも、

「別にサイバーエージェントが出すようなサービスには期待していない」
「広告を寄せ集めただけのコンテンツ」

そう言われているような妄想にもかられました。実際、メディア部門の開発者は、広告代理部門に「この商品は売れるでしょうか?」とお伺いを立て、営業の意見を聞きながら開発をしていたのです。いま思えば当たり前の話なのですが、そんなユーザー目線に立っていないサービスがユーザーに支持されるはずがありません。

「売上も大事だし、仕方ない…」

短期業績のプレッシャーに負けていた当時の私は、これではいけないと分かっていながらも、自分に言い訳をするしかありませんでした。その頃は、メディア事業といっても、広告代理事業で売上を伸ばしつつ、小さいメディアを運用して手っ取り早く広告で売り上げる、そんな手法ばかり取っていました。懸賞サイトやメールマガジン、ポイントサイトなど、いくつものブランドをまとめて「自社メディア」と呼んでいました。広告代理事業で扱う他社のメディアが「他社メディア」なわけですから、その頃はやはり広告代理事業の商品としてメディアを捉えていたのです。

今でこそアメーバピグ、アメーバブログなど自社メディアの確立を果たしたサイバーエージェントですが、脱広告ができないメディア事業の日々があったのです。その後、さらなる困難を乗り越えアメーバ事業の成功となりました。会社経営において、メディア事業を考える上でもおすすめの一冊です。参考にしてみてはいかがでしょうか?

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参考本

「起業家(藤田晋)」

    
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