一流企業に学ぶ会社経営! サイバーエージェント代表藤田晋がアメーバ事業に踏み切った理由。

アメーバスマホ、アメーバピグ、アメーバブログとメディア事業として成功をおさめたサイバーエージェント。しかし、そんなメディア事業に踏み切るまでには大きな葛藤があったのです。


■ホリエモン逮捕後のネット業界

ホリエモンの逮捕のあと、6月になると今度は村上ファンドの村上世彰さんも逮捕されました。新興市場で活躍をしていた会社は一斉に批判を浴びている状況でした。インデックスやUSENなど、自社の株価の高騰を梃に事業を拡大させていた会社は、株価の暴落によって、逆に厳しい局面にさらされるようになりました。宇野社長も大型買収が裏目に出て苦しんでいました。

■追い打ちをかけたサブプライム問題

そこに追い打ちをかけるように、サブプライム問題が浮上し、株価はさらに冷え込んでいきました。株式市場はまたもや長い冬の時代に突入しそうな様相です。さらに貸金業法の改正が国会で、全会一致で可決・成立しました。過去に遡って過払い金を返還するという、目を疑うような法律ができて、タイミング悪くオリエント信販を買収していたGMOは400億円もの負債を突然抱えることになりました。長く同じネット業界で切磋琢磨してきた熊谷社長も、この時苦しい正念場を迎えていたのです。

■サイバーエージェントも苦境に立たされていた

一方、サイバーエージェントの経営もまた、難しいかじ取りを迫られていました。業績を維持するのが困難な状況に陥っていったのです。貸金業法の改正は、当時ネット広告の主要広告主であった消費者金融の業績を急降下させ、広告出稿は激減しました。それによって、広告代理事業のネット広告関連売上高が大きく落ち込んでいきました。サイバーエージェントの業績をずっと大きく支えてきた広告代理事業にかなり影が差し始めたのです。

当時のサイバーエージェントの事業構成は、広告代理部門がくしゃみをすれば全体が風邪をひくといった構図でした。そしてもう一つ、それまで業績を下支えしていた事業にベンチャーキャピタル事業がありました。これは将来有望なベンチャー企業を主に代表の藤田晋が見定めて投資していた事業です。藤田にとっては得意分野でした。藤田自身も創業時、資金がない時に宇野社長から投資を受け、サイバーエージェントを2年で上場させ、宇野社長にも200億円ぐらいの含み益で貢献できたことがあります。その時、ベンチャー投資というのは素晴らしいものだと感じました。また、若い起業家を応援したい気持ちもあり、ベンチャーキャピタル事業を本業の一つと位置付けて続けてきたのです。そしてその事業の実績がサイバーエージェントを下支えしていました。しかし、株式市場が下落してしまえば、利益を出していくことは難しくなります。簡単に言えば、既に弾切れの状態でした。

■メディア事業以外で利益を稼いでいた

なんとか立ち上がりつつあったFX事業の利益で決算を支えるという構図でしのぎましたが、それがまた投資家からの批判の対象になっていきました。そして、悲願の「メディア事業」であるアメーバは、単調に赤字を垂れ流しているだけでした。また、長引く株価の低迷により、保有していた株式の減損が相次いで、「最終利益」が悪化していきました。

それまでの上場企業の決算では「営業利益」が注目されていたので、営業利益を重視した経営を行っていました。しかし、タイミング悪く、その頃から注目指標が最終利益に変化していったのです。株式市場に評価されながら事業運営を強いられる上場企業の経営では、それは無視のできない変化でした。

投資家や市場に評価されながらの経営は、いつでも精神的に厳しいものです。サイバーエージェントの決算は、04年に初めて黒字化した時は「シーエー・モバイルなどのグループ会社の貢献で黒字化しただけ」と言われました。05、06年の決算では「ミクシィへの投資の売却益で利益を出しているだけ」と言われました。07年の決算では「FX事業によって利益を出しているだけ」と言われました。連続して毎年増収増益しているにもかかわらず、そんなふうに批判されていたのです。

■ビジネスの本質に迫る経営環境の悪化

でもそれは仕方のないことでした。サイバーエージェントは将来のためにも「メディア事業」を育てると宣言していたにもかかわらず、中身は全く違ったものになっていたからです。実際、稼いだ利益は、収穫逓増型ビジネスモデルでもなければ、継続性すら怪しいものでした。毎年利益を稼ぎ出す主力事業が変化しているのですから、その意味では、投資家の指摘は正しかったのかも知れません。毎年、増収増益を維持してきたものの、中身が入れ替わる「巨大な自転車操業」に見えたのでしょう。

しかし、手を替え品を替え、主軸となる事業もあやふやなまま、張りぼての家のように組み立ててきた決算数字も、いよいよ厳しい状況になってきました。そんな窮地に追い打ちをかけるように、最後の頼みの綱であるFX事業に、金融庁がレバレッジ規制を導入することを決めたのです。規制が掛かれば、その影響でFX事業の業績が急降下するのは誰の目にも明らかでした。

この規制はある程度予測できていたことだったので、「やっぱり来たか……」という思いでした。ただ、次に当てにできる主力事業がない、という状況。タイミングが悪かったのです。株価は下落の一途をたどり、時価総額は再び300億円を割り込んでいました。

グループ経営と称し、さまざまな新規事業を大量に絶え間なく立ち上げ、何かがダメになっても入れ替わりで何か新しい稼ぎ頭が現れてくれる、そんな経営は限界に来ていました。役員会のメンバーは、収益源を確保するためグループの中を目を皿のようにして必死に探し回っていましたが、見つからずにいました。もし仮に見つかったとしても、また同じようにゼロから育てて収益が上がるのを待っている時間はありませんでした。我々には主軸となり、他の事業と相乗効果を発揮できるような事業が何か必要でした。

グループの中に事業がいくつ存在しても、それは所詮足し算と引き算の経営にしかなりません。それまで、なんとか持ちこたえてきましたが、このやり方では成長が望めないばかりか、もう業績的にも後はなく、追い込まれていました。

このままいけば減益は免れず、下手をすればまた赤字に転落してしまう。役員会のメンバーは、皆それぞれに自分の担当している事業をなんとかするべく必死になっていました。そして会社全体の数字に最終的に責任を負っているのは、当然、代表である藤田晋でした。

■アメーバと心中する覚悟を決めた

会社のビジョンは「21世紀を代表する会社を創る」ことです。厳しい環境になったからといって縮小均衡を目指し、ただの中小企業になるくらいならいっそのこと自分が辞任したほうがましです。会社設立2年で東証マザーズに上場し、多額の投資を受けることができた背景には、日本にもメガベンチャーを育てたいという国策ともいえる思いがありました。その期待に応えようと必死にやってきたつもりでした。どんな状況にあっても将来有望な事業を育て、再び成長軌道に乗せて21世紀を代表する会社を目指さなければなりません。

それは藤田晋の頑ななまでの決意ですが、繰り返し伝えてきたことで、そのビジョンは社内でも十分なほどに浸透していました。全てを解決するため、残されたカードは1枚だけでした。その時既に、会社はアメーバと心中モードだったのです。

今だけを見れば、アメーバは素晴らしいメディア事業です。しかし、メディア事業を立ち上げるまでにはサイバーエージェントには大きな葛藤があったのです。会社を経営している人、起業したい人は藤田晋さんの「起業家」を読み、会社経営を学びましょう。

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参考本

「起業家(藤田晋)」

    
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