テクノロジーに善悪論は無意味

テクノロジーの進化の歴史は、ポジティブな側面ばかりではありませんでした。しかし、悪名高きアドルフ・ヒトラーは、独裁を敷く一方で国民車フォルクスワーゲンを作らせ、それがドイツの自動車産業発展のきっかけになったのは知られるところです。きっかけは何であれ、生み出されたテクノロジーを人々のために有益に使うか否かは人類自らの意思にかかっている。それは現代でも未来でも変わらないでしょう。

宇宙の夢を生んだ背景

民間人の宇宙旅行が身近になろうとしている今の時代ですが、人類の夢を運ぶロケットの技術が飛躍的に発展したのが、第二次世界大戦後の米ソ冷戦下に熾烈を極めた核開発競争のおかげであることは否定しようのない事実です。その結果、アメリカは人類を月にまで送り込み、わたしたちの宇宙への夢は一気に現実化したのです。一つのテクノロジーを人類の夢のために使うか、人類滅亡へ導くかは、それを生み出した人類一人ひとりに課された運命と言えます。

昔には戻れない

自動車や飛行機、鉄道に電気にコンピューターと、様々なテクノロジーが生まれた一方で、そのために失われたものもたくさんあります。蒸気機関車のさよなら運転などの光景に、郷愁の涙を覚える人はいるでしょう。だからといって、新幹線の代わりにSL列車を走らせることを真面目に望む人はいないでしょう。牧歌的な暮らしにいくら憧れても、電気のない100年以上前の暮らしに戻ることは無理なのです。10数年前まで影も形もなかったスマホでさえ、それがない日常などもはや考えられないのではないでしょうか。

人間は難癖をつける生き物

新しいテクノロジーが登場すると、それを巡って「善か悪か」といった議論が必ず起こりますが、それは論点そのものがずれているのではないでしょうか。人間はわからないものに対しては難癖をつけてしまって、警戒したくなる生き物です。馬車や人力車に変わり自動車が増えてきた時は「交通事故が増えて人口が減る」といい、飛行機に対しては「あんな鉄の塊が落ちないはずがない」などと、稚拙な主張がなされていました。それらの心配がその後どうなったのか、私たちはよく知っているはずです。

進歩は信じることから

どんなテクノロジーも、本来世の中を良くするつもりで生み出されたはずなのです。だから、受け止める側も頭ごなしに悪いものと決めつけるのではなく、その善なる可能性を信じるところから入るのも、同じ人間としての役割と言えるのではないでしょうか。人類の進歩は、信じることから始まるべきでしょう。

参考書籍:吉角裕一朗著「『まだない仕事』で稼ぐ方法」 (ワニ・プラス刊)

足立謙二 ライター。時事通信社記者を経てフリー。WEBニュース、雑誌などに執筆。得意ジャンルは昭和カルチャーから特撮、最新アニメまで幅広く偏り気味に。

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