つんくも究極の凡人だった? 自分にははじめから才能はないと思うことが成功の始まり!

どんな仕事でも、ある段階に来たとき、行き詰まることがあります。それまで難なくできたことがいきなりむずかしく感じるようになる。やっとの思いで成し遂げたのに人からあまり評価されない。そんな段階に来ることが誰にでもあります。

「俺の才能もここまでだ。才能がなくなった」

天才肌を自任しているアーティストなら、髪の毛をかきむしりこう嘆くかもしれません。アイデアが次々と浮かんでいた切れ者なら、「アイデアの泉が枯渇した」と絶望するかもしれません。

しかし、それは本来当たり前のことなのです。行き詰まりを打破するにはどうすればよいのでしょうか? それは「自分には、はじめから才能なんてない」と思うことが大切だとつんくさんは教えてくれます。凡人と考えることが成功の始まりとはどういうことなのでしょうか?


つんくでも行き詰まる

つんくさんも、プロデビューするまではいうに及ばず、ようやく念願のプロデビューを果たしたあとも、何度も何度もヒットを出すまでこの「行き詰まり」を経験してきました。

デビューしたものの鳴かず飛ばずで、そのまま消えていくバンドや歌手は、それこそ星の数ほどいます。「シャ乱Q」もまさにそんな危機的な状況でした。「18ヶ月」でメジャーデビューを果たしたものの、まったくといっていいほど売れなかったときです。ミュージシャンにかぎらず、ものをつくる人に多いのが、

  • 訴えたいことがある
  • 社会に警告したい
  • 自分を表現したい

とまあ、そんな動機で始める人です。だいたいアーティストを気どったところで、学生時代から腹にため込んでいた、いいたいことなん十数曲も書くとなくなるのです。最初こそ、水源豊かな泉のようにこんこんと湧き出ていたアイデアが、あるときばったり出なくなる。

表現したいことは20曲でなくなる

どんなにすごいアーティストでも20曲も書くと、訴えたいこと、いいたいこと、警告したいこともすべて言い尽くしてしまったと気づくのです。それら「表現したい」ものがなくなると、つくるものがなくなってしまい、プロとしてこの先やっていけるのかと不安になります。

プロとしての次の段階

それは、プロとして次の段階に入ったということです。才能がなくなったのではありません。最初から才能などなかったのです。それを認めることでしか、次には進めないと僕は思っています。

才能はない。天啓といわれるものが降りてくることもない。それなら、いま現在自分がもっているものを総動員して仕事に立ち向かっていくしかありません。才能はない。凡人である。

そう思ってきたつんくさんは、だからこそ、音楽家として成功した人に一歩でも近づくために何をすればいいのだろうと必死で考えました。僕のばあちゃんが口癖のようにいっていた「いま売れてないもんでも、頭使えば売れるんや」という言葉を、そのたびに思い出しながら。

天才を徹底的に研究した

たとえばつんくさんは、足が速くて走るのが得意な子どもでした。でも、そのレベルは学校で一番、大阪では何十番クラスで、とうてい全国レベルではありません。学校で一番程度の人間から見ると、カール・ルイスといった人たちはどう考えたって天才です。雲の上の存在です。

しかし、走ることに賭けていることに関しては、つんくさんもカール・ルイスも同じです。自分と同じ分野の天才を前にした場合、人間の心理は2つに分かれます。

1. 彼らは天才だから、自分とは出来が違うんだと思ってしまう人。
2. 彼らは天才だから、少しでも彼らに近づけるよう、彼らを研究してみようと思う人。

つんくさんは後者でした。彼らはどうしてあんなに速く走れるんだろうと、中学生の当時、徹底して研究したのです。

脚の上げ方かもしれない。歩幅かもしれない。前に進むときの爪先の蹴りの力かもしれない。もって生まれた身体能力などは別にして、必ずその法則はあるはずです。それを必死で探すのです。そして、まねできるところは徹底してまねする。

そうすればカール・ルイスにはなれないかもしれないけど、大阪で五番くらいにはなれるかもしれない。いや、もしかしたら大阪で一番になれるかもしれない。それは音楽に関しても同じはずです。

売れない時期に売れる音楽を徹底研究したつんく

売れなかった2年間に、つんくさんは必死で「売れる音楽とは何か」を研究しました。すごい、この人、天才やわと思った人の作品を徹底して研究しました。歌詞、リズム、サビの部分。天才と呼ばれるほどの人は、あるとき素晴らしい曲や詞といったものが天から降りてくるのかもしれません。

でも、つんくさんのような凡人、つまり、天才ではない人間はそのノウハウを研究し、コツコツやっていくしか道はないのです。一文字一文字を考え、七転八倒しながら、詞を書いていくしか方法はありません。

とりあえず自分のもっているボキャブラリーを最大限に生かして作品をつくるよう心がけました。つまり、誰にでもわかるやさしい言葉で詞を書くことにしたのです。

愛していると悲しいの違い

たとえば、誰もが知っている「愛している」と「悲しい」という2つの言葉があります。その言葉を「愛してる 悲しいけれど 愛してる」と並べてみます。「悲しい」に「けれど」を加えただけで、背景にさまざまなドラマを感じさせられるようになります。

英語でのコミュニケーションは、中学生が習うレベルの英語で十分だといいますが、「言葉を扱う人間」でも同じです。歌詞で使う言葉は小学校六年生程度でいいのです。

このとき研究したことは、つんくさんのなかで明確なレシピとなり、その後、ミュージシャンとして転機が訪れたとき、大きな助けとなりました。本来なら尻すぼみになってもおかしくないときに、僕を大きく押し上げてくれました。「モーニング娘。」のプロデュースがそれです。

レシピを応用することで、若い男の気持ちだけではなく、自分とはまったく違う若い女の子の気持ちを謳った歌詞をつくる秘訣をつかんだからです。

自分は天才じゃないと考えているあなた。凡人と考えることが成功の始まりなのです。つんくさんの著書「一番になる人」から成功の秘密を学びましょう。

参考本

「一番になる人の記事」

    
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