町田は神奈川か?

よくいわれるネタとして東京都町田市は、実は神奈川県なのではないかというものがあります。実際に地図を見てみると、町田市は、東京都の下に、鍵のようにつきだしています。その周囲を神奈川県に囲まれています。


文化圏は神奈川?

さらに町田市の中でもJRの町田駅は東京都の神奈川県の境目にあります。南口をでてすぐの場所に流されている境川を渡れば神奈川県相模原市南区になっています。さらに町田駅を通る、小田急小田原線と、JR横浜線はほとんどが神奈川県を通っています。文化圏は神奈川であるといえるでしょう。

本当に神奈川だった時代も

そんな町田市も、歴史をひもとけば、本当に神奈川県だった時代がありました。明治時代に入り廃藩置県が行われると、町田市を含む南多摩郡は、当初は神奈川県に所属していました。南多摩郡は、現在でいうところの八王子市のほか、日野市、稲城市なども含むものでした。多摩川を境目とせずに、その北部も神奈川県となったのです。

どれくらいの期間?

神奈川県に編入された地域は南多摩郡だけでなく、府中や武蔵村山といった地域も神奈川県に含まれていました。つまり現在の多摩地域のほとんどが当初は神奈川であったのです。廃藩置県が行われたのは明治4(1971)年のことですが、その年のうちに、これらの地域は神奈川県へ移管されます。その後東京都の前進となる東京府の移管となるのは、明治26(1893)年のことです。ですから、およそ20年間にわたって、町田を含む、多摩地域は神奈川県であったわけです。現在、たま地域のことを三多摩と呼ぶことがありますが、これはこれらの地域にあった3つの郡部、北多摩郡、西多摩郡、南多摩郡の名残です。

水路の関係?

なぜ、これらの地域が神奈川県から東京府へ移管されたのかには諸説がありますが、水資源が関係していたという話があります。多摩地域には、多摩川とその支流である浅川が流れています。さらに多摩地域の北側には江戸に飲料水を供給していた玉川上水が流れています。これらの水資源の管理と確保のために、東京府が多摩地域を編入したという話があります。

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