介護される側のノウハウ! 介護を上手く受け入れるための7つの心得

介護する側のノウハウはたくさんあるけれど、介護される側にもノウハウがあることを知っていますか? 介護を上手く受け入れるための7つの心得を紹介します。


1. 自分のココロとカラダの感覚に忠実かつ敏感になる

自分を知らなければ自己表現なんてできません。ましてや介護される側は、初体験の初心者です。障害や麻痺や痛みをともなう自分の身体感覚とおずおずと対話しはじめたばかりなのです。脳梗塞などの後遺障害によって要介護になるひとも多いが、考えてみれば突然の脳梗塞を経験したことが、自分の「カラダの声」に耳をすませてこなかったことのツケといえるかもしれません。

多くの経験者が、あとになって「そういえばあのとき、予兆が…」とカラダからの信号を無視したことを後悔しています。男性に多い過労死も、彼らがカラダの声に耳を傾けてこなかったことの結果でしょう。まず自分を知ることが介護される側の心得なのです。

2. 自分にできることと、できないことの境界をわきまえる

介護される側の初心者は、介護を必要とする自分の状態をなかなか受けいれられません。昨日までできていたことが今日できなくなったことを認めるのがむずかしいのです。そのせいで、できないこともできると言ったり、つい無理をするもの。無理をしたって自分が困るだけです。ひいては介護するひととの関係も悪くなる。できないことはできないと言いましょう。

このためには「勇気」がいります。とりわけ、長年「できる」ことを誇ってきた男性や女性はたいへんでしょう。要介護者としてかんじんなのは、よくいわれるが「失われた能力を補い、残された能力を活かす」ことです。できないふりをしつづけて、残存能力までなくしてしまえば、困るのは自分自身です。

3. 不必要ながまんや遠慮はしない

他人に世話されることに慣れていないひとは、がまんや遠慮を美徳と思います。がまん強いひとは痛みにもがまん強いが、そのせいで、病気の予兆をとりにがしてしまい、結局、重症になってから病院を訪れて、「いままでなんでがまんしてたんですか?」といわれるのがオチです。

なにごとも早期発見・早期治療のほうが、自分にとっても周囲にとってもコストが少ないのです。ココロにもカラダにも、がまんはなんのトクにもならないのです。

もうひとつ大事なのは、よけいな遠慮をしないことです。プロの介護者にとって、介護されるひとのよけいな遠慮や羞恥心ほどやりにくいものはありません。病気ならハダカも医者の前で見せるし、下半身を看護師さんに洗ってもらうことも受けいれられます。

それを「いやん」「だって」なんて患者がいちいちカラダをよじっていたら、ケアになりません。相手はプロで、自分は介護が必要な状態、とわりきって、遠慮なく介護を受けいれましょう。他人に頼る以外に選択肢のないおひとりさまなら、プロの介護を潔く受けましょう。

4. なにがキモチよくて、なにがキモチ悪いかをはっきりことばで伝える

他人の痛みは他人の痛み、他人の快は他人の快。しょせん他人のカラダは他人のものです。どこがどう痛いかかゆいかなんて、他人には「言ってもらわなきゃわからない」ものです。

痛みや快感のツボは千差万別で、マニュアルどおりにやられて「キモチいいでしょ」といわれても迷惑です。自分のカラダを自分で知ることがまず大事ですが、それを相手に伝えるのはその次に大事です。ケアはひとりで完結する行為ではないからです。

それにきちんと相手に伝えないと、相手のスキルもアップしません。「言わなくてもわかるでしょ」の以心伝心は、夫婦や家族のあいだでも禁句です。夫婦は他人、家族は異文化の集合と思えば、「言わなきゃ通じない」。そして「言えば、わかる」。

困るのは、「言っても聞いてもらえない」「言ってるのに伝わらない」場合ですが、これはコミュニケーションに問題があります。こういうときは、遠慮なく相手をとりかえましょう。夫婦だって親子だって同じです。相手といい関係をつくろうと思ったら、キモチ悪いことだけでなく、キモチよいこともきちんと伝えるのが大事です。ネガティブなメッセージばかりでは、関係はどんどん悪くなります。

5. 相手が受けいれやすい言い方を選ぶ

イヤなことを相手に伝えるには、技術がいります。「わたしさえ黙っていれば、ここはまるくおさまる」と不満を口にしない女性は多いが、それよりイヤなことはイヤと、しかし相手に受けいれやすい言い方で表現することはできます。

妻のつくった料理を、おいしいときは黙って食べ、まずいときはかならず文句をいう夫はたくさんいます。逆にしろとはいわないが、的確に評すれば、相手の料理の腕も上がるのに。ほめことばを言っても自分の持ち分が減るわけじゃなし、お世辞をいう必要はないが、相手をほめることばを出し惜しみする必要はありません。

6. なれなれしいことばづかいや、子ども扱いを拒否する

親しくなれば、ことばづかいも変わります。それどころか、日本には赤の他人との関係をつくりだすために、本来、親族に対して使われることばを転用するという用語法さえあります。おじさん、おばさん、おねえさん、おにいさん…という呼び名は、もともと呼びかける本人から見て「叔父さん」や「お姉さん」の位置にあたるという意味から来たものです。

だから「おばあさん」と呼ばれたら、「ばあさんとあたしを呼ぶのは孫でたくさん、あんたのばあさんじゃないよ」と言い返せばよいのです。その孫にだって「おばあさん」と呼ばせるのを拒否している祖母もいます。

介護施設でしばしば問題になることだが、介護職員が入居者を「おばあちゃん」と呼んだり、「あーんして」と赤ちゃんことばで話しかけたりすることがある。高齢者は子どもではない。甲羅を経た人生の先達、酸いも甘いも経験してきた古強者だ。ここはそういう人格を尊重して、「●●さん、どうですか」と敬称をつけて姓で呼んでもらいたいものです。

もし、そうでないなら、そう呼んでもらえるように要求しましょう。きちんとした事業者や施設なら、職員をそのように研修しています。そうでなければ事業者や施設に問題があると判断してもよいのです。

ことばづかいも丁寧語をくずさないほうが互いのためによいでしょう。丁寧語は、相手とのあいだに距離を置く技法である。丁寧語を使いつづけるかぎり、「わたしはあなたとこの距離を詰めるつもりはありませんよ」というメッセージが伝わります。

これを社会学の用語で「儀礼的距離化」と言います。ラッシュアワーの満員電車でカラダを密着させた相手とは目をそらすとか、ホントはまるみえなのに見てみないふりをする結界とかは、この儀礼的距離化の例です。

こういう儀礼的な距離化が必要なのは、介護が相手との接触をともない、カラダの傷つきやすいところまでさらす関係だからです。いっぽうで距離のない関係は、もういっぽうで距離をつくっておくことでバランスをとるほうがよいでしょう。

7. 介護してくれる相手に、過剰な期待や依存をしない

親しくなれば甘えが出ます。仕事で関係している以上に、相手に踏みこみたい気持ちがつのります。デイケアに通ってくる高齢者のなかには、自宅へ招待してくれたり、病気で入院したときにお見舞いに来てほしいと言うひともいますが、それには応じないルールを決めた介護施設も多いです。冷たいと思うかもしれないが、応じれば、自分のボランティアが長続きしないことをわきまえているからです。

介護される側の心得のなかでは、「感謝は、ことばと態度で」「料金はきっちり払うが、よぶんな金品はわたさない」というルールを守るのも大切なことです。実際に働いている介護者のひとたちに聞くと、モノをもらうよりもっとうれしいのが、利用者の笑顔や感謝のことばです。手ごたえややりがいは、おカネやモノでは買えないと知るべし。

その他にも介護を上手く受け入れるために役立つ心得はたくさんあります。介護を受ける側もノウハウを身につけて、心地良い介護を受けれるように改善しましょう。

参考本

「おひとりさまの老後の記事」

    
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