森喜朗元首相はなぜロシア外交に強いのか?

森喜朗元首相がロシアに渡りプーチン大統領と会談を行いました。安倍晋三首相からの信書も手渡されました。森喜朗元首相はロシア外交に太いパイプを持ち、プーチン大統領とも親しいと言われています。現在は政治家を引退していますが、政治活動は継続しています。なぜ森元首相はロシア外交に強いのでしょうか?


交流は父親の時代から

森元首相の選曲は石川県です。日本海を面してロシアとの交流もさかんです。森喜朗元首相の父親である、森茂喜も地元の町議会議員を務めていました。その中で、当時国交のなかったソ連との交流を積極的に推し進めていきます。さらに、遺骨の一部がソ連に送られお墓も作っています。骨をソ連に埋めたのです。さらに夫人の骨の一部も同じお墓に入っています。森喜朗の父母の骨がソ連、現在のロシアに眠っているのです。

初の外遊先がロシア

2000年に森喜朗が首相に就任した時は、初の外遊先として選ばれた国がロシアでした。ロシアの政治家というのは人間関係を重んじます。一緒に酒を酌み交わしたり、サウナに入ったりすることで体と体の裸の付き合いをもとめる民族性があります。首相在任中は何かを批判を受けた森元首相ですが、若い頃はラグビーをたしなむスポーツマンであり、昔ながらの人情味のある政治家というキャラクターも持ち合わせています。そのような人間性がロシア外交にフィットしたのかもしれません。

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