統治下、占領下の沖縄事情

日本の最南端に位置する沖縄県は、第二次世界大戦後、アメリカによる占領が長く続いていました。その期間は1972年(昭和47年)に返還されるまで実に27年間におよびます。戦争の記憶がない子供が、30歳を迎えるまでの期間であるので実に長いものです。


沖縄は外国だった

占領下の沖縄は外国でした。日本の本土から沖縄に渡るには、パスポートが必要でした。当然、イミグレーション(入国審査)を通り、税関も通ることになります。

使われている通貨は米ドルでした。子どもたちは、駄菓子屋でお菓子を買うのにも1セント単位の小銭を用いていました。言語は日本語が話されていましたが、通訳などの仕事の需要もありましたので英語を仕事で使う人もいました。

アメリカ化されたもの

沖縄には多くのアメリカ化の痕跡というべきものがあります。1つは車社会でしょう。沖縄ではモノレールが開通するまで長いこと鉄道が存在しませんでした。すべての移動は車で行うという文化が普及していたのです。

さらに沖縄では日本の公共放送であるNHKは存在せず、代わりに沖縄放送協会が存在していました。しかし「紅白歌合戦」や「のど自慢」など名物番組は、フィルムで放送されていたといいます。

本土へ復帰後、沖縄放送協会の仕事はNHKへ受け継がれましたが、それまで受信料を支払う文化がなかったために批判が巻き起こりました。現在でも沖縄県はNHKの受信料の徴収率が全国最低となっているのはそのためと言われています。

    
コメント