ウクライナ政変から紐解く「欧州のエネルギー輸入」ロシア依存からの脱却を図る史実

混迷を極めるウクライナ政変で、2014年3月6日、ついに米国がロシアに対し、経済制裁を発動しました。査証(ビザ)発効を禁止し、ロシア高官など関係者らの渡航を制限。さらには資産凍結するというもの。2012年に可決された「マグニツキー法」(人権侵害を犯したロシア人の米国入国を禁じるという法案)に近い法案や、ロシアの石油輸出禁止なども予測されていましたが、現時点では部分的な処分にとどめている模様です。

さらに同日、欧州理事会が経済制裁を決定したと声明を発表しました。これに対し、プーチン露大統領は「欧州連合に制裁の報復も辞さない」とガス資源供給停止をちらつかせる強気な姿勢。両者一歩も引かないにらみ合いで専門家の間では「第二次冷戦が始まった」という呼称まで飛び交うほどです。

ロシア国家情報会議(NIC)元委員のフィオナ・ヒル氏は、ウクライナ政変で欧州と対立することに対し「(ロシアにとって)最大のデメリットはドイツの大企業が操業できなくなることだ」と「ロイター通信」(2014年3月3日)にコメントしていました。

ロシアにとってエネルギー輸出国第3位という位置付けのドイツの動向が鍵を握っていることには疑いの余地はありません。
「ザ・ニューヨーカー」(「ウクライナ危機:アンゲラ・メルケルから目を離すな」2014年3月3日)によると、メルケル独首相は何年にも渡り、ロシアの人権侵害について批判してきたが、ドイツのドレスデンにかつて一度K.G.B.高官として配属されたことのあるプーチン氏は、有能なドイツ人と話し合えるとみてビジネスライクな関係を維持してきている。両首脳は互いの強靭さや外交手腕を評価して両者とも尊敬の念を抱き認め合っていると報じています。

ここに至るまで欧州連合はロシアに経済制裁を加えることを躊躇し、北大西洋条約機構(NATO)も、これまで内部分裂して決断力に精彩を欠いてきました。なぜプーチン氏はこれほど強気なのか?欧州連合はなにを恐れているのか?今回はそれを紐解いてみましょう。

■米国の統治下にある欧州圏は既にプーチン氏の手中にある

「なぜロシアはもはや西洋を恐れなくなったのか?」(「ポリティコ・マガジン」2014年3月2日)寄稿者のベン・ジュダ氏によれば、プーチンの取り巻き達はロンドンの西部からフランスのコート・ジボワールまで不動産を買い占め、その財産はオーストリアの銀行やイギリスのタックスヘイブンで保管されるなど、プーチン氏の息のかかった者は既に欧州を手中にしているのだと言います。

またプーチン氏は英国のM16の全てを研究し尽くしており、今やその組織を熟知しているのだといいます。ロシアはドイツを除いて欧州諸国が米国の真の独立国家などとはもはや信じていないのだそうです。

「プーチン氏のウクライナ戦略は、米国が頭を悩ませてきた米外交政策にショックを与えるものだった。彼らは中国について語ることや、イスラエルパレスチナ平和会合に参加することを好んでいる。ロシアからすれば米国は脆弱だ。アフガニスタンでもシリアでもイラン情勢においても米国はその供給品を運び続けるのに絶望的にロシアの支援を必要としているため、(ゆくゆくは)米国はロシアへの制裁を解除するか、平和会合を主催するかしかないのだ。」とジュダ氏はみています。

また、ジュダ氏は「ロシアは人権について何も口出ししてこない見返りに、欧州内部ではスペインやイタリア、ポルトガルを互いに高値で取引し合うロシアの最高のビジネスパートナーとしてみている。欧州を手中にした米国の支配をゆっくりとだが、粛々と懐柔していく統治の動向を、ロシアは冷淡に静観しているのだ」と記述しているのです。

■なぜ債務を抱えるPIIGSがロシアと良好なビジネスパートナーなのか?

しかし、PIIGSは2010年のギリシャ・ショックに始まり、欧州諸国に波及して2011年に深刻化した欧州債務危機以降、特にスペインやギリシャでの失業率は今だ上昇の一途を辿っています。

ユーロ圏では経済成長が減速し、ドイツが唯一輸出産業の堅調さで欧州経済を牽引してきたものの、2013年で頭打ちになっているのが現状です。にも拘わらずPIIGSがロシアのビジネスパートナーとして重要な位置づけになっているというのはなぜなのでしょうか?

ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課の麻元薫哉氏の「エリアリポート:ロシア」(2013年11月号)によれば、2005年7月に始まり、ロシア連邦政府が着手した官民パートナーシップ(PPP)が始動していました。輸送インフラがあっても質の世界的評価が総じて低いロシアは、サンクトペテルブルク市の西部高速道路の一部をコンソーシアム(企業連合体)「北部幹線道路」が11年に受注したことを挙げ、その事業に「イタリアのアスタルディが参画している」といいます。

連邦レベルでのPPP案件としては、モスクワとベラルーシの首都ミンスクをつなぐ連邦道からモスクワ環状自動車道に繋がる有料道路整備事業として、「ポルトガルを拠点に道路運営するブリサやスペインのFCC建設などからなるコンソーシアムが受注するなど欧州が積極参入している。」とも報告しています。

欧州債務危機の再燃で財政緊縮が加速し、国内需要が低迷して、深刻な景気後退から抜け出せないイタリアの経済状況と、住宅バブル崩壊の後遺症を引きずりながら、財政再建への内需の回復が見られないスペイン経済状況という背景を考えると、先行き不透明で拭いきれない各国の市民の不安があります。世論の高まりを受け、それぞれの政治を躍進させた中、ロシアの貿易外注を受けられ、巨額の利潤へとつながるロシアという市場にPIIGSが飛びつくのは無理もないことなのかもしれません。

また、欧州は石油や天然ガスといったエネルギー資源を長らくロシアに依存してきました。今般のウクライナ情勢でも、エネルギー安全保障上の課題故にロシアには強く出られないのだという論調が様々な海外メディアを賑わしてきました。「クリスチャン・サイエンス・モニター」紙(2014年3月1日)によれば、米国にとっても、少なくともウクライナ政変は単にウクライナがロシアと有益な関係性を築くことを望まないだけではないといいます。イラン、シリア、北朝鮮問題にも関わってくる問題でもあり、両国間の貿易協定やロシアの供給ルートを通してアフガニスタンから米軍やその備蓄品を移送する経由国としても、より重要な意味合いを含んでいるとのこと。オバマ政権としても、長期化したシリア情勢の当初のように今回のウクライナ政変を放置して見過ごしておくわけにはいかないのだろう。と報じています。

しかし、欧州のエネルギー資源を運ぶパイプラインの現状を見ていくと欧州が独自に近隣諸国と競合しながら、ロシアを迂回したエネルギー供給を確保できるパイプライン計画が進められてきたという史実が浮かび上がってくるのです。

■ロシア回避の欧州エネルギー供給PL「TANAP-TAP」実現へ!

実は2013年7月末にロシアを回避した天然ガス輸送の初のパイプラインルートが既に決まっていました。アゼルバイジャンからグルジアを抜け、トルコを横断するパイプライン「TANAP」を経由した後、ギリシャ国境からアルバニア、アドリア海を通るパイプライン「TAP」により、イタリア南部に到達するというものです。
欧州も、ロシアを迂回してカスピ海や中東のガス資源を調達できるように、トルコからバルカン半島を通過し、オーストリアに届く「ナブッコ」パイプラインを独自に進めてきました。

背景にあったのは、今回の政変の当事国ウクライナのエネルギー供給経由国としての史実です。これまで2006年、2009年の2度に渡って勃発してきた「ロシア・ウクライナガス紛争」。さらには2008年の南オセチア紛争(ロシア・グルジア戦争)が起こりました。ロシアは当時、両パイプライン通過国のガス供給を停止するに至ったのです。
これに困った欧州は、欧米主導で欧州域内エネルギー共同政策を取る必要性を改めて認識。厳密には2002年2月から欧州—トルコ間を結ぶ天然ガスパイプライン建設について初協議が持たれていたのが「ナブッコ」パイプライン計画でした。

一方、ロシアのプーチン大統領は2005年5月にゲアハルト・シュレーダー独首相(当時)を訪問。「オレンジ革命」以降、親欧米派に転じてロシアに楯突いてくるウクライナを迂回してバルト海を経由し、ロシアとドイツを直結するガスパイプライン「ノルド・ストリーム」の基となる協定を結びました。さらに2007年6月には「ナブッコ」に対抗してロシアーイタリア間で「サウス・ストリーム」パイプライン協定に合意。2012年11月に最終投資決定済みで、2014年着工の目処をつけています。

「ナブッコ」はその後ブルガリアを起点としてルート変更した「ナブッコ・ウェスト」にその規模を縮小。カスピ海のガス田「シャフ・デニズ2」の資源を獲得すべく欧州連合はエネルギー政策を推進してきました。「ナブッコ・ウェスト」は、2003年にスイスのエネルギー大手EGLが構想を発表した「シャフ・デニズ2」からギリシャ北部とアドリア海を抜け、イタリアへと通ずる「TAP」と競り合っていました。

(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構の本村真澄氏は、「2013年6月にシャフ・デニズコンソーシアムは輸出パイプライン計画として『ナブッコ』ではなく、『TAP』を選択した。理由は経済性で、注目すべきは(2003年に欧州の第2次エネルギーパッケージで定められた)アンバンドリング(生産と輸送の分離)よりも、欧州企業は自己系列のパイプライン計画を選択した。」と「ロシア:カスピ海の天然ガスは欧州へ―EUに翻弄された「Nabucco計画」—」の中で指摘しています。

欧州の域内ガス生産は2002年に53%だったものが2030年には19%まで減少することが欧州委員会(EC)で予測されており、欧州は複数のソースから供給する「TENs」計画を立ち上げました。「南回廊パイプライン」もその計画の一部として位置づけられており、南回廊は「TANAP-TAP」パイプラインルートで決着したのです。2013年7月に決まった、アゼルバイジャンから欧州への天然ガス供給ルートは2019年に実現予定だといいます。現状のウクライナ政変を打開するための有事の特効薬にはなり得ないかもしれませんが、欧州連合もここに至るまで着々と脱ロシア依存のエネルギー安全保障政策を進めてきたのですね。

いかがでしたか?渦中のクリミア自治共和国はロシア帰属を求めて編入するか否かの住民投票を3月16 日に予定しています。ウクライナは東部が親露派、残りは親欧米派と内部でも分断された状態。地政学上、バルト海、極東に並び黒海がロシアの要衝であるが故にロシアとしては、「正統な(親露派)ヤヌコーヴィッチ政権に起きたクーデターである」と主張。資源供給経由国としてのウクライナ危機と捉える欧州連合は、米国に依拠して「国連憲章と国際法に違反した米国の国家安全保障と外交政策を脅かす、国家緊急事態だ」と勢力争いに巻き込まれている様相です。忘れてはならないのは、当事者はあくまでもウクライナ人やクリミア・タタール人であり、大国の外交ゲームの将棋の駒ではないということ。

著名なクリミア半島出身のトルコ歴史学者ハリル・イナルシック氏も、今回のウクライナ政変におけるプーチン氏のクリミア派兵配備というロシアの外交政策を「ロシア皇帝時代の再来」を狙った「ネオユーラシアニズム」と呼称して「トルコにとっても脅威となる」と警鐘を鳴らしているのです。

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