寺山没後30年の無風

2013年は寺山修司の没後30年にあたる年でした。寺山修司関連の展示や、書籍、ムックが発売され、寺山修司がてがけた多くの映像作品の上映会も行われました。しかし、寺山修司の没後30年はまったく無風といっていいものでした。


没後10年のブーム?

寺山修司は、多面的な活動をした人間として知られています。映画監督、劇作家のほか、小説、短歌、俳句などの創作活動をこなしていました。さらに競馬評論家としての顔も持っていました。職業は寺山修司といわれるほど、マルチに活動していました。彼は1983年に、47歳の若さで亡くなります。没後10年の1993年には寺山修司ブームが起こりました。難解なはずの短編映画などが次々とソフト化されました。この時の寺山ブームは広告代理店が仕掛けたようなものとはいえ、バブル崩壊直後の空虚な日本の若者の心に寺山が染み入ったとも言えないでしょうか。のちにオウム真理教の台頭などが見られる、こころのスキマの時代において、寺山がとらえた時代、状況、独特の世界観、レトリックなどにやられてしまった人が多くいたことは確かです。

なぜ無風なのか?

しかし2013年の30年はなぜ無風だったのでしょうか。多く発行された書籍やムック本も、90年代の寺山ブームの時に少年少女だった人間が編集者となり、作りたいから作ったというような印象です。つまり当事者の若者たちが寺山をまったく必要としなくなったのです。コスパやら、非正規雇用やらが取りざたされるバトルフィールドな時代にとって、寺山のような思考は必要とされないのかもしれません。寂しいものです。

「オバマ氏、村上春樹氏も使う心を感動させる技術とは?」の詳細を調べる

    
コメント