フジロックフェスの名前の由来

フジロックフェスティバルは日本で最大級の屋外型野外フェスです。毎年、苗場スキー場で開催されることで知られています。しかし、ナエバロックではありません。そして苗場は富士山とはまったく関係ありません。これはなぜでしょうか?


最初は富士山でやっていた

フジロックフェスティバルは名前の通り、富士山のふもとで開催されました。しかし第一回目は台風が近づいてきたため、2日目は中止という惨状になってしまいます。2日目は台風一過で快晴であったのですが会場の混乱などが予想され中止となってしまったのです。実際、スキー場を使った会場はゴミとぬかるみで大変な惨状となっていたようです。翌98年は東京都の湾岸地区で開催され、99年以降は現在の苗場スキー場になったのです。

流浪のフェス

こうして見るとフジロックフェスティバルは3度の会場変更をともなった流浪のフェスティバルであるということもできるかもしれません。都市型のロックフェスであるサマーソニックがずっと幕張、日本最大の邦楽フェスである、ロック・イン・ジャパン・フェスティバルがひたちなかの会場で行われているのと比べれば、混乱ぶりがわかります。しかしフジロックが、現在すっかり定着した屋外型野外フェスの元祖ともいえるものです。もちろん日本国内のアーティストだけのイベントは何度か行われてきましたが、洋楽アーティストと日本国内のアーティストを織り交ぜて行うというイベントはフジロックが元祖であると言えるでしょう。

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