ロックインジャパン草創期の伝説

夏フェスのシーズンが到来しようとしています。注目株は今年開催15周年を迎えるロックインジャパンフェスティバルでしょう。


始まりはエゾロック

ロックインジャパンフェスティバルは、音楽雑誌出版社であるロッキングオン社が開催するフェスとして知られています。これまで洋楽主体だった音楽フェスシーンにおいて邦楽を主体とするフェスティバルを実現しようと始まりました。

邦楽主体のフェスは99年に北海道で開催された第一回のライジングサンロックフェスティバルに始まります。ロッキングオン社は、このフェスにブッキング協力を果たしました。

スーパーカーに椎名林檎、電気グルーヴ、サニーディサービスといったメンツが一同にそろい、シークレットゲストにマッドカプセルマーケッツが配されるなど、豪華なラインアップで知られました。

この協力で得たノウハウを活かし、翌2000年にロッキングオン社によって単独開催されたのがロックインジャパンフェスティバルです。

なぜ茨城なのか?

会場を選ぶにあたっていくつかの候補地がありましたが、最終的には茨城県北部のひたちなかにある国立公園が選ばれました。これには、98年に茨城県東海村で発生した放射能事故の影響で、茨城の観光産業が沈んでおり、地元も開催に協力的であった事情があったようです。

満を持して開催されたロックフェスですが、途中で台風が襲来し、2日目途中中止という事態に見舞われました。

翌2001年は快晴の天気に恵まれましたが、ロッキングオン社は社運をかけており、もし台風がやってきて中止になれば会社自体が傾いていたとも言われています。

    
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