たけしANNなぜ新しい?

深夜ラジオを代表する番組といえばニッポン放送で放送されている『オールナイトニッポン』でしょう。長いオールナイトニッポンの歴史の中でも、伝説といわれるパーソナリティーが「ビートたけしのオールナイトニッポン」です。1981年から90年までの10年間にわたって続きました。この番組はさまざまな“新しさ”がありました。


徹底した早口

「ビートたけしのオールナイトニッポン」は、徹底した早口が有名でした。マシンガントークで、生まれ育った足立区や、当時の所属事務所であった太田プロダクションにまつわる話、あるいは自分自身の恋愛遍歴、あるいは世間に対する毒舌などを、次々と話してゆきます。オールナイトニッポンの放送時間は2時間ですが、そこに詰め込まれる言葉の量は、それ以上あったことでしょう。深夜のゆったりとしたラジオではない、密度の濃い番組であったのです。

軍団ラジオ

さらに、ラジオを始めた時、たけしさんは30歳を越えていました。今なら十分若いといえる年齢ですが、当時はもうおじさんの年齢といえるでしょう。番組の後半からは、たけしさんを慕って弟子となった、たけし軍団の若者たちと一緒にラジオをやっていくようになります。ラジオの電波で発せられる言葉は、完全に身内話の度合などがあがっていくのですが、師匠と弟子のやりとりが実況中継されることで、それを羨ましがり、弟子志願をする若者をさらに増やすことになります。

私の番組

さらに、それまでの深夜番組のスタイルというのは、フォークシンガーなどが若者の悩み相談やリクエストに答えるといった構成が取られていました。それは、「ラジオの前のあなたたち、君たち」に話しかける番組としてあったのです。これはもちろん建前でありきれいごとです。たけしさんは第一回の放送で「これはあなたたちの番組ではなく、私の番組です」と宣言します。このすっきりとした本音の暴露が、多くのリスナーの共感を呼ぶことになります。実に中毒性の高い番組であったといえるでしょう。

「ハガキ職人とはなにか?」の詳細を調べる

    
コメント