80年代太田プロとは?

タレントの山田邦子さんが「俺たちひょうきん族」に出演時に、月収1億円をもらっていたことを話し話題となりました。年間ベースだと10億円を超えることになります。彼女が現在も所属している太田プロダクションは、西の吉本興業とならび、東の横綱と呼ばれる芸能プロダクションです。


多くのメンバーが

80年代の太田プロは黄金期にあったといえます。山田邦子さんをはじめ、ビートたけしさんも所属していました。さらに片岡鶴太郎さんやダチョウ倶楽部さんもいました。さらに、80年代末には、爆笑問題や、松村邦洋、亡くなってしまった春一番などが新人タレントとして所属していました。さらに、同じメンバーには、現在の太田光さん夫人である光代さんもいました。当時は、楠田枝里子のものまねなどをしていました。

新しい笑い

太田プロの笑いというのは、これまでのベタベタでコテコテの路線よりは、新しい笑いを志向していたといえます。言ってしまえばクラスの人気者が先生のものまねをして受けをとっているような、ナチュラルな笑いといえるかもしれません。そうした感覚を大切にしようとしたのか、さらに90年代に入ると太田プロは現役の高校生コンビや女子高生コンビといったものを抱えるようになります。学校の人気者がそのままお笑いの世界へという時代の空気を、きちんと表していたのが太田プロ的な笑いといえるかもしれません。

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