ドリフの火事と停電

ザ・ドリフターズは、日本を代表するコメディアングループのひとつでしょう。彼らが手がけていた名物番組が「8時だョ!全員集合」でしょう。TBSテレビにおいて長期間にわたって放送された名物番組です。


毎週生放送

「8時だョ!全員集合」は、1969年に放送を開始し、1985年まで16年間の長きにわたって続いてゆきます。この間日本と世界で何があったかといえば、1969年は全共闘運動が吹き荒れており東京大学が入学試験を中止します。さらに、あさま山荘事件、オイルショック、成田空港開港、空前のバブル社会到来の契機となるプラザ合意まで、日本の高度経済成長期の歴史がそのままつまっています。「8時だョ!全員集合」はこの間、毎週、日本全国の市民ホールなどをまわって、生放送を行っていました。

内容は生コントと歌

「8時だョ!全員集合」の構成は、毎週ゲストを招いての歌のコーナー、そして生コントの披露がありました。コントは今のテレビ番組で放送されているようなショートスタイルではなく、20分以上におよぶ長尺のものでした。毎週、新作のコントを考えていたといいますからすさまじい労力でしょう。実際に、会議は煮詰まることが多かったようです。1日じっくりとネタを考え、さらに1日はリハーサルを行い、本番に挑む。移動時間を含めればほとんどがドリフターズの労力は「8時だョ!全員集合」に割かれていたといっても良いでしょう。

停電と火事

「8時だョ!全員集合」は毎週生放送が繰り広げられておりさまざまなハプニングが生まれました。代表的なものが火事と停電でしょう。火事は1977年5月14日放送の取手市民会館での放送回、停電は1984年に入間市民文化会館からの放送回で発生しました。さらにリーダーのいかりや長介さんが、喉のポリープの手術をしたため、声を出せないという回もありました。

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