芸人の東西共演事情

現在ならば、テレビで関東芸人と関西芸人が共演する姿は普通に見られます。ですが、これはかつてならば考えられないことでした。テレビにおいて関東芸人と関西芸人が共演するようになったのはここ30年ほどのことです。


きっかけは「ひょうきん族」

テレビにおいて関東と関西の芸人が共演するきかっけになったのは、1981年からフジテレビで放送がはじまった「オレたちひょうきん族」だといわれています。この番組には、ビートたけし、明石家さんま、島田紳助、片岡鶴太郎、山田邦子、西川のりお、コント赤信号など、現在も活躍するお笑い芸人が多く出演していました。さらに、これまで同じフレームに映ることがなかった関東芸人と関西芸人が共演していたことも新しいものでした。出演者の年齢は20代から30代と若く、視聴者層の年代に近い人たちが笑いをやっているという身近さも番組の人気のもととなったのかもしれません。「オレたちひょうきん族」の裏番組には、お化け番組としてザ・ドリフターズが「8時だよ!全員集合」がありました。徐々に視聴率をのばしてゆき、最終的には全員集合を終了に追い込みます。テレビのバラエティ番組において世代交代が起こった瞬間であるといえるでしょう。

吉本興業の東京進出前

「オレたちひょうきん族」で関東芸人と関西芸人が共演した理由には、のちに本格的に行われる吉本興業の東京進出の布石となったともいわれています。まずは芸人を送り込み、そこから東京のテレビ局や芸能プロダクションと交流を行っていくといったことが行われたのかもしれません。今のテレビのバラエティ番組で吉本興業の芸人を見ない日がありません。これは出演ばかりではなく番組の制作も吉本興業が手がけています。関東芸人と関西芸人が共演するようになったというよりは、関東のテレビ番組に、吉本興業が本格的に進出するようになったといえるのかもしれません。

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