有吉再ブレークのきっかけを知っていますか?

今やテレビで見ない日はない有吉さん。かつて「猿岩石」として大ヒットした後にはテレビから姿を消し、「一発屋」として言われるほどでした。けれども、再びテレビに姿を現すやいなや、脚光を浴びました。ところで皆さんは有吉さんの再ブレークのきっかけを知っていますか?

■「内P」で再ブレーク

猿岩石が改名ブームに乗ろうとして、「手裏剣トリオ」だった頃、せっかく改名したのに全然仕事が増えないんじゃかわいそうだろってことで、「プレゼンタイガー」という番組のスタッフが、出してくれたのが「内P」なんです。「プレゼンタイガー」のスタッフと「内P」のスタッフが一緒だったので、 「かわいそうだから1回呼んでやるよ」 ということで、「内P」に出るようになりました。だから最初に「内P」に出たとき、猿岩石は「手裏剣トリオ」だったんです。そして、「内P」にちょくちょく出るようになったことが、有吉さんがどん底からはいあがるきっかけになりました。

■「内P」だけは呼んでくれた

今、有吉さんが芸人続けていられるのは、「内P」のお陰でした。まったく仕事がない時期に、「内P」だけは有吉さんのことを呼んでくれたので、なんとか芸人を続けていられたのです。有吉さんの中では、「「内P」でデビュー」の気持ちでした。また改めてスタートをするような、どこかふっきれたような思いでした。

■リアクション芸への取り組み

「トークやっても今まで、ダメだったし、じゃあ何かな?」 と考えたら 「リアクションしか残ってない」 と思ったんです。 「リアクションだ、裸だ」 って、そこしか残ってなかったんです。それで「内P」出るときは、基本裸になるっていうスタンスになりました。

■男のファン目線に

そのときから、 「女の子にモテたい」 「女の子のファン増やしたい」 とか、そういうのが一切なくなったんです。 「単独ライブやって才能認めてもらいたい」 とか、そういうカッコつけがきれいさっぱりなくなって、 「面白けりゃいいや」 になったんです。それまでは確かに「女の子にモテたい」みたいな気持ちがありました。「風俗行っていい思いしたいしな」とか。そういう気持ちが一切なくなってからは 「同世代の男、一点集中でいこう!」 という意識に変わったのです。 「どうせもう女のファンはつかないし」 って。それに女の子のファンは結構すぐに離れちゃうんです。それよりも男だろって。自分のことを考えても、 「俺も昔から好きな芸人、今でもずっと好きだしな」 と思って。そこからは、「これからは男だ!」って男に向けて一点集中でした。男が「面白い」と思ってくれるならなんでもいいやと思って、いろんなことをやりました。マスクかぶって番組に出るっていうのもやりました。裸で「内P」に出るようになってしばらくしてから、今までまったくいなかった男のファンが増えてきました。プロレスやったり、猫男爵やったりって裸になり始めてから男の人から 「観てます」 「面白いですよね」 と言われ始めたんです。それまで有吉さんは、「面白い」って言われたことがなかったのです。

■男は裸好き

「男って裸好き」です。よくよく考えると、 「ダチョウ倶楽部って男のファンしかいない」 って。そうなると、 「男のファンつかむのは裸しかないな」 って思いましたね。やっぱり太田プロの伝統っていうか、服脱いだり、「熱い」、「痛い」とか、そっち方向のリアクションやっていかなきゃいけないんだなって。やっぱり仕事なくて落ちぶれてるときって、精神的にどっか病んでいます。見た目からして不健康でした。自分から見ても、 「お前、有吉じゃねーだろ!」 っていうぐらい、パンパンな顔していました。そこは見た目だけでも健全にしとかないと、来る仕事も来ないっていう、そういうことだと思いました。

■リアクションと向きあう

それで、もっと上島さんと真摯に向き合うようになったんです。それまではただメシおごってもらって、金せびるだけだったのが、リアクションのこと聞くようになったんです。 「リアクションをやりたい」 と思ったのです。それまでは「リアクションやりたい」なんて1回も思ったことなかったんです。あのときだけは「リアクションやらなきゃ」と思って、 「どういうリアクションとればいいんですか?」 ってて上島さんや肥後さんに聞いたりしていました。そうすると、あの人たち、 「本当にこいつ、俺ら目指してるんだな!」 って勝手に勘違いして、2人ともますます有吉さんのことが大好きになって、上島さんと肥後さんがいろんなところで、 「有吉がリアクションいいんだよ!」 ってバンバン言ってくれるようになったんです。自分の代わりに有吉さんのことを営業してくれていたんです。リアクションの世界では、ダチョウ倶楽部がトップなので、あの2人が 「有吉のリアクションいいよ」 と言ったら、スタッフも 「じゃあ使いましょうか」 となるんです。それで正月のリアクション番組などに呼ばれるようになって、それが再浮上するきっかけになりました。「リアクション芸人」になる気はまったくなかったんですけど、結果的には「裸」が功を奏しました。世の中、何がきっかけになるかわかりません。「手裏剣トリオ」で「内P」に出て、それでピンになって裸になって、仕事が来るようになった。有吉さんはそれで仕事が増えるなんてまったく考えてなかったのですが、「結局世の中運だよな」と感じました。実力じゃねえな、運だけだなって。

■大ブレークへのきっかけ「おしゃクソ事変」

そして、有吉さんが大ブレークした大事件が「アメトーーク」で起きました。それが、あの「おしゃクソ事変」でした。「おしゃクソ事変」とは、品川祐を「おしゃべりクソ野郎」と名付けた一件をきっかけに、「あだ名」や「毒舌芸人」ということで一気に有吉さんの仕事が増えました。 「おしゃクソ事変」以降、有吉さんをテレビで見る日が格段に増えました。有吉さんからはお笑い芸人だけでなく、ビジネスマンも会社に生き残る方法が学べますね。 「お前なんかもう死んでいる プロ一発屋に学ぶ「生き残りの法則50」(有吉 弘行)」の詳細を調べる 次の記事「有吉に学ぶ! 芸能界の生き抜く技術」 前の記事「有吉の絶望時代」