爆笑問題はなぜ干された?

爆笑問題はいまや誰もがしるところの人気芸人です。太田さんの暴走と、田中さんの的確なツッコミは、見事な緩急を形成し、実力派コンビとして知られます。しかし、爆笑問題は一時期低迷し、芸能界から干されていた時期がありました。実力がありながらなぜ、そのようなことが起こってしまったのでしょうか?


事務所を独立

爆笑問題は、1988年にデビューします。デビューのきっかけは、アマチュアとしてお笑いライブに出ていたところ、大いにウケたため、芸能事務所からスカウトされたことによります。当時の所属事務所は太田プロでした。ほぼ同期の芸人には、アントニオ猪木のものまねで一世を風靡した春一番や、無名時代の松村邦洋などがいました。爆笑問題はちょこちょことテレビに出るようになりますが、1990年に、マネージャーに連れられる形で太田プロから独立します。この独立が一方的な形であったため、太田プロから圧力をかけられて、テレビに出られなくなります。

個人事務所を設立

その後、3年間爆笑問題はテレビから姿を消します。その後、1993年に太田光の光代夫人が、個人事務所タイタンを設立し、再ブレイクにつながります。『ボキャブラ天国』出演時は、30歳を過ぎていたので、遅咲きのブレイクということもできるかもしれません。実力があったとしても、芸能事務所の力関係次第では、活躍できなくなることもあると知らされるエピソードです。

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