テレビ世直し芸人・友近! 彼女のプライドがテレビをおもしろくする日は来るのか?

「友近姉さんは、世直ししてるのよ!」これは、バラエティ「月曜から夜ふかし」にてマツコ・デラックスが叫んだ言葉です。このマツコさんの言葉通り、今、女芸人・友近さんは「世直し」に励んでらっしゃいます。

最近、テレビ番組で「テレビ」のことを口にする、もっと言えば苦言を呈する友近さんの姿をよく見かけます。7月14日放送のフジテレビ「ボクらの時代」でも東京制作と名古屋制作のロケ番組の違いを力説されていました。

彼女が、あえてテレビでテレビを問題提起するのはどうしてでしょうか。そこを考えると友近さんの魅力が、あらためて浮き彫りになりました。今回は、そんな「女芸人」友近の芸人としての輝きを紹介します。


テレビサイズのお笑いはおもしろくない

先日放送されたNHK「スタジオパークからこんにちは」にて、友近さんはこんなことを話していました。「スタッフさんのアイデアでネタに入れこむ台詞を提案されたことがあるんです。でも、ネタの世界観が崩れてしまうときは、しっかりとその提案をお断りします」

言うまでもなく、友近さんの人物形態模写、結婚式プランナー「児玉ルミ」、演歌歌手「水谷千重子」、FM放送のDJ「チャーチャ」などなど、その多くのレパートリーは唯一無二と言って良いほどの世界観と、なんとも言えない絶妙のキャラクターを楽しむことができる、もはや名人芸と言える芸です。

10年程前でしょうか。「1ネタが数分」の超短時間でしかネタを見れないお笑い番組が、乱立しました。そのため、たくさんの芸人を一気に楽しめると同時に、視聴者が長時間のネタをテレビで見ることに抵抗ができてしまいました。これは明らかに功罪の「罪」の部分です。

「お笑いのネタ」が完全に「テレビサイズ」に縮こまってしまいます。破壊力を持たなくなります。本来、ライブハウスやお笑いの劇場で行われるネタには、まったくと言っていいほど「タブー」はありません。基本的に何をやってもOKなのがお笑いの本当の姿です。

たとえば、時の政権を笑いで腐そうが、世間をにぎわせた事件を小馬鹿にしようが、それがおもしろければ許される、といういわば「不謹慎なもの」がお笑いの本質だと思うのです。しかしながら、テレビはそうはいきません。放送倫理や各方面への配慮(と言う名の自粛)が、テレビでできるネタの面積を確実に減らしているわけです。

どうして、ニュース番組と同じルールで作られたお笑い番組がおもしろくなるのでしょうか。ニュース番組・情報番組とはまったく違った内容を見せてこそ、番組のジャンルが成立するのではないですか。

芸人のプライドを持ちテレビに臨む友近

新人の芸人さんならば、ほとんどの方々が「まずは、テレビに出たい!」と強く願っているはずです。その願いゆえに、テレビ局側・制作会社側に指示されたことに忠実にやろうと芸人さんが思うのは仕方ありません。

しかし、この構図でテレビが作られたなら、テレビの尺度の範囲内でしかネタ・お笑いをやることができないのです。これは、お笑いの本質とはかけ離れたもの。この構図からおもしろいものはまったく生み出されない、とは言いません。が、辛辣なセンスのきわどいお笑いは、絶対に生み出ることはないでしょう。

このお笑い番組の作り方に友近さんはきちんとのっとりながらも、自分のネタを通そうとする気概や気合い、プライドをお持ちなのだと思います。ただただテレビマンの言いなりにならず、「お笑い芸人として譲れないところは譲れない」と毅然とした態度で収録に臨んでいる友近さんの姿は、とてつもなくカッコイイのでしょう。

「レポーターを芸人がやってたら、「おもしろいことやるんだろうなぁ」と期待して見る。」と友近さんは「ボクらの時代」でおっしゃていました。当然のことです。しかしながら、彼女はこう続けます。「でも、そのおもしろい部分が切られることがあるのよね」

「レポーター」という本来は芸人がやることではない仕事でも、芸人の意地で「笑い」を入れこんで行く楽しさを、友近さんや現在活躍中の芸人さんは感じているはずです。それは、単なるレポーターに成り下がらない芸人としてのプライドがあるからでしょう。しかしながら、その仕事っぷりを全面カットするディレクター・プロデューサーがいるのです。「なら、女子アナ使っとけよ」という話です。

あれだけのキャラクターを作り上げて、爆笑のネタを見せてくれる友近さんならば、テレビの仕事で幾度もなく悔しい思いをされたはずです。そして、今、マツコさんの言うところの「世直し」をしているのだと思います。「テレビの世直し」です。テレビのルール・しきたりに準じながらも、芸人のプライドは押し通すこと。友近さんのこの小さな行為が、おもしろいテレビに繋がることを願ってやみません。

    
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