吉本興業の関東進出いつ?

吉本興業は日本を代表するお笑い事務所のひとつでしょう。上方(大阪)の芸能事務所でしたが、現在では関東も関西も吉本興業が力を保持しているといえます。ですが、こうした状況は昔は異なるものでした。吉本興業が関東に本格的に進出するようになったのは、1990年代に入ってからです。まだ、30年ほどの歴史しかないのです。


ひょうきん族がきっかけ

吉本興業の関東進出の下地が作られたのはフジテレビ系で、1980年代に放送されていた人気番組「オレたちひょうきん族」にはじまります。この番組ではビートたけし、明石家さんま、島田紳助ら、東西の芸人が共演したことが話題となりました。これが吉本興業が東京のテレビ局にコネクションをとりつけて、その後本格的な進出をする地ならしをしたといわれています。

劇場ができる

さらに90年代に入ると吉本興業は、東京都内に劇場を作ります。そこでライブを行い、固定ファンを増やしながら人気に火をつけていくという方式が取られたのです。銀座七丁目劇場と、渋谷公園通り劇場という2つの小屋が時期をほぼ同じくして誕生しました。この場所からは、ロンドンブーツ1号2号、ガレッジセール、ダイノジ、極楽とんぼといった、コテコテの関西芸人ではない、ニューウェーブな吉本芸人が誕生していったことで知られています。そして吉本興業も、関西の芸能事務所ではなくなってゆくのです。

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