「猿岩石日記」何が書かれている?

1996年は、日本列島は猿岩石がブームとなりました。この年の4月、まだイギリス領であった香港に2人の無名芸人が連れて来られました。一人はいまや毒舌人気芸人となった有吉弘行、もうひとりは中学高校の同級生であった森脇和成です。その場でヒッチハイクでイギリスのロンドンまで向かう企画を打診され、何も知らられないまま「ユーラシア大陸横断ヒッチハイク」がスタートします。


旅の日記

2人が旅の途中、大学ノートに記した日記を出版した「猿岩石日記」が出版されるや、大ベストセラーとなります。誤字脱字がそのまま記されていましたが、それも味として評価されました。猿岩石はゴール後に3つの区間において飛行機を使用していたことが発覚し「やらせ」と批判されます。それでも、「猿岩石日記」を読むと、日々の生活、食事などにかなりの分量が記されています。さらには現地の人々との交流についても記されています。すべてがやらせではないとわかるでしょう。

フィクションなのか?ガチなのか?

猿岩石のヒッチハイク企画を見て、本当にアジアに旅立ってしまう若者が続出しました。もちろん、これは無謀な行為ともいえるでしょうが、若者のひとつの衝動としては理解できないこともありません。この企画を放送していた「進め!電波少年」(日本テレビ系)においては、のちに、何かを成し遂げたい若者を募集し「アンコールワットへの道の舗装」を行う企画が行われました。

    
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