日本で初めての「梅ちゃん先生」はどんな女性?

NHK朝の連続ドラマ『梅ちゃん先生』。これを見てから出勤、なんて人もいるのでは。親しみやすく、地域の人に支持されている女医を堀北真希さんが好演しています。ドラマの時代背景は終戦直後の日本。医者である父親の姿を見ながら自分も医師を目指すという物語ですが、ところで、日本初の女医さんはどんな人物だったのか、ご存知ですか?


■日本初の女医はハーフの美人医師

江戸時代にも医師はいましたが、現在のような国家試験制度はなかったので、極端な話、誰でも医師を名乗ることはできてしまいました。そんな時代に確かな知識を持った女医として活躍したのが楠本イネ。父はドイツ人医師・シーボルトです。イネは顔立ちが整ったハーフ美人でした。ハーフという存在自体が非常にまれだったので、外見だけで差別を受けることもあったようです。それでも彼女は産科医としての学問、技術を極めていきました。1875年(明治8年)になると医術開業試験制度がスタートし、この試験を女性が受けられるようになった時、イネは57歳だったため受験を断念し、産婆として活躍しました。

■女医による医院は明治時代に開業

医術開業試験を受験し、日本で初めて、女性として個人病院を開業したのは荻野吟子。試験制度はできたものの、日本の医学界は女性が医師になること、開業することを認めていませんでした。しかし、荻野吟子さんの医師を目指す強い意欲を認めた医学界の有力者の協力により、医学学校への入学が認められました。しかし卒業後、医術開業試験を受けることは許されませんでした。試験の願書を受理してもらえず落胆していた荻野吟子さんの姿を見て、当時の衛生局にかけあった人もありましたが、ようやく女性も受験できるようになったのは荻野吟子が33歳の時でした。

女性で医師になるということ自体、「梅ちゃん先生」より前の時代では非常に難しかったのです。こうした先人の努力が「梅ちゃん先生」を生んでいると思うと、ドラマの見方がまたちょっと変わってきませんか?

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