大河ドラマ「軍師官兵衛」のあらすじまとめ(第7話まで)! 黒田官兵衛とはどんな人物だったのか?

大河ドラマ「軍師官兵衛」。稀代の軍師であった黒田官兵衛をV6の岡田准一君が好演しています。視聴率はともかく、第7話までみて非常に面白いのでこれまでのあらすじをまとめます。また、これから新しい回が放送されるごとに、記事を更新していく予定です。ざっとみて今までの流れがわかるようにあらすじをまとめています。


第1話「生き残りの掟」

始まりは、1590年小田原城攻めから始まります。捨て身の降伏の交渉を行った黒田官兵衛により、北条氏は豊臣家に降伏をした。捨て身の説得が初回から始まるということが面白いです。なぜなら、黒田官兵衛には捨て身の説得による失敗があるからです(まだまだ先の話)。

そして、時は黒田官兵衛の幼少時代。万吉と呼ばれていた頃は、好奇心旺盛で夢中になると用をたすことも忘れるような少年だった。むろん父である黒田職隆(くろだもとたか:柴田恭兵)も万吉には手を焼いていた。

黒田職隆は主君である小寺政職(赤っ鼻の片岡鶴太郎)に仕えていた。黒田家は外様大名である。万吉の祖父である黒田重隆(竜雷太)が目薬を売り、今の地位を獲得したのです。主君である政職からは頼られるが、警戒もされていた。

ある日、母であるいわ(戸田菜穂)が病気で倒れ、母の病を治せるかもしれない薬草を採りに敵地である赤松領内に入る。しかし、領内では赤松家にとらわれてしまう。これより少し前に、赤松家から裏切りの調略が行われていた。父である黒田職隆は、殺される危険を覚悟で万吉を助け出す。

その後、母であるいわは亡くなった。黒田職隆と親しくしていた石川源吾(升毅)が、心配そうに訪問する。こいつが曲者で、小寺家の領内で野武士に暴れるように家臣に指示をしていた。そのため、父である黒田職隆は祝電ある小寺に疑われていたのだ。万金は偶然この場面を目撃した。

万吉は、このことを伝えようとした頃、石川源吾が訪れていた。兵法書物「三略の教え」にあった「謀は蜜なるをもってよしとす」に従い、石川源吾が帰ったあと父にこのことを伝えたのだ。

万金の機転により、父である黒田職隆は主君である小寺政職の信頼を取り戻すことができた。そして、黒田官兵衛は成人となる。
(ちなみに織田信長は江口洋介、豊臣秀吉は安定の竹中直人)

第2話「忘れ得ぬ初恋」

黒田官兵衛は、成人となり主君である小寺政職に近習として使えることとなった。そして、初陣の時、敵の陽動作戦を見ぬいた黒田官兵衛は、見事敵を撃破。勝利とともに戦争というものを知ったのである。

このころ、「黒田二十四騎」と呼ばれる知恵者、栗山善助(濱田岳)が官兵衛を道で待ち伏せし襲いかかってきたことがきっかけで家臣となる。

成人となった黒田官兵衛には初恋の人がいた。それは「おたつ」(南沢奈央)である。母のために薬草を採取するため、第一話でともに旅に出た幼なじみである。しかし、おたつは浦上家へ嫁ぐこととなる。しかし、その頃浦上家の室津城へは赤松の兵が押し寄せていた。

第3話「命の使い道」

浦上家へ駆けつける黒田官兵衛。しかし、時はすでに遅くおたつは死んでいた。悲しみに明け暮れる黒田官兵衛。その様子を見て慰める祖父黒田重隆は黒田官兵衛を慰める。しかし、優しかった祖父も死んでしまう。(南沢奈央ヒロインかとおもいきや、おたつがすぐしんでしまいました。また、おじいちゃん役の竜雷太もいい役だったけどすぐ死んじゃいました)

その頃、織田家周辺では後の竹中半兵衛(谷原章介)が17名の手勢で稲葉山城を乗っとったのだった。(谷原章介の竹中半兵衛はありすぎる!)

一方、悲しみから立ち直ることができない黒田官兵衛には堺への鉄砲買い付けの命令が下る。そこで運命の出会いがある。荒木村重だ。気になる人は荒木村重をググってほしい。将来黒田官兵衛を1年間牢屋に入れてしまう人物だからだ。

堺では、キリシタンとの出会い、異文化の興味に心を奪われた黒田官兵衛は見事に立ち直ったのだ。

第4話「新しき門出」

黒田官兵衛は生涯の妻である光(てる:中谷美紀)と運命の出会いを果たす。馬で走っていると、木登りをして降りられなくなった男の子を助けるてると出会うのだ。「はねかえりな姫」と印象を受けながらもお互い気になる存在となっていた。(ちょっと若い時は無理がある…)

その後、黒田官兵衛に結婚の話が出るのだが、それがもめにもめた。櫛橋左京亮(益岡徹)の娘力(酒井若菜)と結婚をしようとしたのが、力が反対をしたのだ。そこですったもんだで黒田官兵衛とてるが結婚をすることとなる。

結婚を機に、黒田官兵衛の父である職隆は家督を勘兵衛に譲る。理由は主君である小寺から謀反の疑いを避けるためであった。しかし、黒田官兵衛は立派な息子として育っているため家督を譲るこちに何の問題もなかった。

ちなみに、初夜に木登りの際にお互い気になっていたことを伝えた後、黒田官兵衛は、初恋であったおたつのこともてるに打ち明けた。「祝言の夜に他の女の話など」と呆れる光であったが、「光、これからは我らの間で隠し事はなしだ」と素敵な夫婦としてスタートをしたのであった。

第5話「死闘の果て」

黒田官兵衛とてるの間に息子が生まれた。その頃赤松家は2度に渡り姫路城へ攻めてきた。1度目は奇襲攻撃により、退けることに成功した。

しかし、2度目の攻撃では、主君である小寺が逃げたため黒田家のみで奮闘することとなる。最終的には籠城では負けることを予測した黒田官兵衛は攻めに転じ決意をした。黒田家の奇襲により石川を討ち取り、赤松家を打ち破ることに成功した。しかし、その代償は大きく、古来からの家臣であった武兵衛が死んでしまう(永井大もっと活躍すると思ったけど、すぐ死んじゃいました。)。しょこたんこと中川翔子が演じるお国との結婚を約束していたのに…(そしてしょこたんは化粧が濃いよりナチュラルメイクのほうが可愛いということに気づいた。これから登場するのだろうか…)

古い家臣がたくさん死んだ中、黒田家には将来の力となる新しい家臣が集まりだしていた(もこみち登場!)。

第6話「信長の賭け」

黒田官兵衛とてるの間になかなか二人目の子どもができず、黒田官兵衛に側室を持てとの提案が続々と出る。しかし、側室を持たぬと決めた官兵衛は、聞き入れることはしなかった。その後、官兵衛が「母里」の姓を与えた太兵衛は喧嘩を繰り返した。武兵衛の母から譲られた守り袋を奪われ、また騒動を起こした太兵衛。しかし、そこには、殿を守れという意味が。そのことを、理解した官兵衛は善助が兄、太兵衛が弟として義兄弟の契りを結ばせた。

そのころ、織田信長は比叡山を焼き、信長包囲網と戦っていた。15代将軍足利義昭との闘いである。信長包囲網により、武田信玄が三河へと攻めていた。しかし、援軍を送らない信長。その背景には、火元である足利義昭の挙兵を待っていた。信長が攻めれば逆賊。しかし、将軍が挙兵するとなれば大義名分が生じる。義昭挙兵の知らせを受け京に駆けつけると、荒木村重の姿が。

荒木村重は、信長より、刀で突き刺した餅を差し出され、恐怖を感じながらも餅を食べた。そのことで信頼を得た荒木村重は、摂津一国を任されることとなる。一方、官兵衛は世の流れに悩んでいた。そして、荒木村重に会いに行く。そして、物語でキー人物となる荒木村重の妻「だし(桐谷美玲)」とも出会うのである。

荒木村重との交流の末、戦闘に参戦することを願い出たが、そのころ光の父である櫛橋左京亮亡くなり、姫路へ帰国。そして、姫路も戦乱に巻き込まれていくフラグが立ったのである。

第7話「決断のとき」

黒田家では将来のキーパーソンとなる後藤又兵衛が官兵衛に拾われてやってきた。黒田長政と喧嘩もあったが、光の計らいにより二人のわだかまりは解けた。

その頃、織田信長が武田家、浅井朝倉を打ち破った。黒田官兵衛が仕える小寺家も毛利につくか、織田につくかが問題となっていた官兵衛の義兄である櫛橋左京進は毛利家につくことを画策していた。光との血縁関係を利用して黒田家も毛利家につくように勧めるが、官兵衛は大評定で織田につくよう小寺を説得した。

そして、官兵衛は織田家と謁見する。こうして黒田官兵衛は天下の表舞台に立つこととなる。

黒田官兵衛とは

黒田孝高(くろだよしたか)は、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将・大名。孝高は諱で、一般には通称をとった黒田官兵衛(くろだかんべえ)として有名である。

1546年12月22日、黒田職隆の嫡男として播磨国の姫路に生まれる。永禄2年(1559年)、母親を亡くし、文学に耽溺した。永禄5年(1562年)、小寺政職の近習となる。この年に父と共に土豪を征伐し、初陣を飾る。永禄7年(1564年)、室津の浦上清宗に嫁いだ妹が、婚礼当日に敵対する龍野城主赤松政秀(宇野政秀)に攻められ、夫や八代道慶らとともに討たれる。永禄10年(1567年)頃、孝高は父・職隆から家督と家老職を継ぎ、小寺政職の姪にあたる櫛橋伊定の娘の光(てる)を正室に迎え、姫路城代となった。

(1569年)8月、義昭と誼を結んだ赤松政秀が、姫路城に3,000の兵を率いて攻め込んでくるが、孝高は奇襲攻撃を仕掛けるなど、300の兵で2度にわたり戦い、三木通秋の援軍などもあって撃退に成功する(青山・土器山の戦い)。

*これからも随時更新していくのでチェックしてくださいね!

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