逸見さんは大阪弁使い?

逸見政孝さんという名物アナウンサーがいました。逸見さんはがんをわずらい、1993年に48歳の若さで亡くなってしまいます。自ら記者会見を開きがんとの闘病を宣言した会見は、多くの人に勇気を与えました。


お固いイメージとのギャップ

逸見さんは、めがねにスーツが似合い、髪型は七三分けという典型的な生真面目なサラリーマンの姿が似合うアナウンサーでした。どこかお固いイメージのある人であったのです。そんな人がフリーランスとなり、バラエティ番組でシモネタ発言などをするギャップが受けて、人気者となります。古巣のフジテレビでビートたけしさんと行った「平成教育委員会」や、日本テレビの人気クイズ番組「クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!」などで人気を博すようになります。

大阪弁使い?

そんな逸見さんは、高校時代までを大阪で過ごします。大学進学で東京へ出てきて、標準語を習得し、アナウンサーとして活躍します。以降は、テレビでは大阪弁を使うことはありませんでした。自ら封印したともいえるでしょう。そのため、上岡龍太郎さんは「大阪を捨てた男」と逸見さんを批判することもあったようです。そんな逸見さんですが、大阪に対する愛情は消えなかったようで、東京進出直後のダウンタウンに何かを目をかけていたようです。逸見さんの生真面目さと、やさしさがかいま見えるエピソードではないでしょうか。

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