会話術の第一人者「デール・カーネギー」

出世する人間はみな社交的でコミュニケーション能力が高いです。「人付き合いのスキル」は、ほかの何にもまして将来の成功を大きく左右する要因です。だからこそ、会話術を初めてビジネススキルとして世に広めた功績者、「デール・カーネギー」の教えは、ベストセラーとなった著書「人を動かす」の刊行から70年近くたった今もなお人々に受け入れられています。今回は会話術の第一人者「デール・カーネギー」を紹介します。


デール・カーネギーとは

デール・カーネギーは、人との対話を通じて自分の才能を開花させていった人物です。カーネギーは1888年、ミズーリ州の養豚農家の息子として生まれ、自分の貧しさを恥じながら育ちました。深い屈辱感はずっと消えず、青年時代には自殺を考えたこともあったとも言われています。

24歳のとき、ニューヨークで何とか生計を立てようとしていたカーネギーは、125番通りにあるYMCAの夜間クラスで弁論術を教えることになりました。

最初の授業に現れた生徒はわずか10人足らずでした。カーネギーはそれから何週間もかけて、校内随一の弁諭家だった高校時代や、ミズーリ州教員養成大学での経験を通じて学んだ話術を、生徒たちに伝授しました。カーネギーは、恥じらいを捨て、不安を克服して自信たっぷりにしゃべるコツを教えました。

当たり前が大切

相手の名前を覚えろ
人の話をよく開け
相手を批判したり、文句を言ったりするな

どれもみな、一見当たり前のことばかりです。しばらくすると、教えることがなくなってしまいました。そこでカーネギーは生徒に自分の体験を語らせ、後で彼らの話し方についてコメントするという方法を考案しました。すると、生徒たちはこの授業を通じて人前でしゃべる恐怖を克服し、自分自身について堂々と率直に話せるようになりました。この経験を通じて、彼らの自信も強くなりました。

カーネギーのクラスは、ビジネスマンやセールスマン、そのほかさまざまな職業の人が手ごろな受講料で自己啓発を行える場となりました。授業が評判となったため、1928年には「デール・カーネギー・プログラム」の正式な教師を養成することになりました。カーネギーはボストン、フィラデルフィア、ボルチモアの三都市でカーネギー・プログラムを発足させ、公式テキストとして「人生を変える黄金のスピーチ」も刊行しました。

もし、カーネギーが初めての生徒に自分の体験を語らせていなければ、こうしたカーネギー独特の話し方教室が誕生することもなかったでしょう。人脈を広げる大切な手段として、カーネギーが人の話を聞くことを強調したのもうなずける話ですよね。

カーネギーの教訓

コンピュータやメールの普及でビジネス界から人間味が失われつつある現代、カーネギーの泥臭い理諭はことさら大きな意味を持ちます。次のようなカーネギーの教訓はいまだに役に立つのです。

相手に心から関心を持とう。
人の話をよく聞こう。相手がどんな人間か、その人自身に語ってもらおう。
自分よりも相手にたくさんしゃべらせよう。
笑顔を忘れずにいよう。
相手が興味を持ちそうなことを話そう。
心をこめて誠実に感謝の気持ちを伝えよう。

カーネギー自身こうした秘訣を自分の人生にうまく活用していましたが、そんなカーネギーも自分の教えを本にすることは渋りました。プログラムの受講科は75ドルだったため、大切な企業秘密をばらしたくなかったのです。しかし、レオン・シムキンという編集者が、カーネギーの教えを広く世に伝えるため何としても本を書くようにカーネギーを説得しました。シムキン本人も、カーネギー・プログラムの修了生だったのです。

「おそらくシムキンは、カーネギー本人から教わった巧みなほめ言葉と粘り強さでもって、彼を説きふせたのだろう」

と1986年のニューヨークタイムズ紙にエドウィン・マクダウェルは記しています。

カーネギーは、たとえどんな人間であろうと、いかに貧しかろうと、誰でも必ず他人と上手に付き合う術を身につけて大きな成功を達成できると教え、シムキンをはじめ世の無数の人々を勇気づけてくれたのです。

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