大学はなぜ「郊外」に移転したのか?

現在、新たに作られる大学のキャンパスは都市部に作られることが多くなっています。中には、都市部のビルの一角を借りてキャンパスとして展開することも多くなっています。さらに、一度郊外へ移転した大学も、再び都心へ回帰する傾向も見られます。そもそも大学はなぜ郊外へ移転したのでしょうか?


学生運動の沈静化

大学の郊外移転にはさまざまな理由がありますが、一つは学生運動の沈静化があります。実際、学生運動が盛んだった中央大学はは御茶ノ水から八王子へ、筑波大学の前進となる東京教育大学は大塚から筑波へと移転しています。どちらの学校も激しい学生運動が繰り広げられていた学校でした。

八王子にある中央大学の校舎は、とりわけ学生運動が盛んだった文学部の校舎が、他の学部から離れて設置されているなど、学生運動の沈静化を目指した痕跡がうかがい知れます。

狭さからの開放

さらに、郊外移転の理由として、これまでの校舎が手狭だったという点が上げられます。狭い空間、狭い教室に何百人も学生が詰め込まれるマスプロ教育から、広々とした校舎で授業を展開したいという意図もあったのかもしれません。さらに、郊外ならば誘惑も少ないので勉学に集中するのではといった目論見もあったようです。

しかし、現在は勉強に関して広い空間を求める必要はなくなりました。大量の書籍を抱え込まなくとも、インターネット上で情報が手に入ってしまいます。そうした環境の変化も大学の都心回帰の引き金となっているのかもしれません。

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