大学入試は平等?

大学入試のシーズンになると、いつも巻き起こるのが大学入試に意味があるのかといった問題です。難しい英単語や英語長文などの問題をこなしたとしても、英語がスマートに話せる日本人がいないといったことですね。さらに、受験で得た知識が社会に出てから何の役にも立たない、さらに大学の授業ですら役に立たないといったこともあります。果たして本当にそうなのでしょうか。

平等な機会

大学入試は考えてみれば平等な機会ではないかという見方もあります。大学入試は受験料を用意する必要がありますが条件を満たせば誰もが受験可能です。これは最初から、お金持ちしか受験してはいけないとか、限られた人しか受験できないといったものではありません。就職活動においても建前上は平等といったものが保証されていますが、実際はコネ入社やコネ受験が多いことはよく知られていますからね。

点数のみで判断される

さらに大学入試において、特に一般入試では点数のみで判断がなされることになっています。これも最後の平等ではないかと言われています。面接などで、その人のキャラクターを総合的に評価するといったこともなされていますが、それならば面接が得意な人、苦手な人、あるいは面接官との相性もあるでしょう。しかしながら試験ならば、限られた時間で発揮された実力に基づいて点数をジャッジするわけですから、極めて平等だと言えます。一斉に入学試験を行うシステムは、実は平等なのかもしれません。