体罰なしで子どもを教育する方法

昨年末に、大阪の高校生が部活動で体罰を受けた後、自殺をしました。その後も柔道の代表選手らに対し、指導という名の暴力があったことが明らかになりました。一部では「子どもが言うことを聞かないので、しつけのために叩くことは仕方がない」という体罰容認論もあります。しかし、体の小さい子どもや、大人に従うしかない立場にいる子どもたちを叩くことはできるだけ避けたいと考えている人が多いと思われます。では、どのようにしたら、叩かなくても、子どもを教育することができるのでしょうか。


口頭でしっかりと叱る。

現在の子どもたちは、学校などの教育の場や地域社会のなかで、しっかり叱られたことがあるのでしょうか。あいまいに、遠慮がちに、「~しないでね」と優しい口調で叱られていることが多いようです。これでは、子どもたちは、やってはいけないことだというのがよく理解できません。

怒鳴り散らすのではなく、毅然とした態度で、大人側の気持ちを伝えなくてはなりません。

社会のなかでも他の人とのトラブルを避けるために、公共の場で、他人の不快な行動を我慢することが多い私たちですが、他の大人に対しても、素直な気持ちで「困っているのでやめていただけませんか」と注意することも必要ではないでしょうか。

罪とそれに対する罰則を明確に定める。

しかし、いくら大人側が毅然と叱っても、「口で言っただけでは聞かない子ども」はいます。そのときはどうすればよいのでしょうか。日本の学校では事細かな校則やルールはあるものの、それを違反したときに与えられる罰が明らかになっていないケースがほとんどです。

欧米では二回、三回と規則違反したら罰を与える。罰は停学や謹慎処分、奉仕活動といった具体的な罰を与えています。

日本では学校教育法により、停学や自宅謹慎は許されていません。出席停止処分は可能ですが、欠席ではないので、学習の指導をしなければならないなどのクリアしなければいけない条件が多いのが現状です。

暴力と戦う姿勢を明らかにする。

教師や指導者が体罰によって子どもを罰することを禁じると、子どもたちが悪乗りして「先生は絶対に体罰できないので言うことを聞かなくても叩かれることはない」とつけあがるかもしれません。自分たち子どもは暴れてもよいし、教師に対して暴力をふるってもよいと考える子どもが出てくる可能性もあります。

体罰を含む暴力を禁じるということは、生徒から教師への暴力、生徒間の暴力など全ての暴力を禁じるということです。

場合によっては教師が暴力から身を守る護身術のようなものを身につけたうえで、絶対に暴力を許さない姿勢を徹底したほうがよいかもしれません。

叱るというのは難しいことですが、感情ではなく、毅然とした態度をとることが重要です。叱り方をあやふやにしないことが、体罰を含む暴力の防止につながることが期待できます。

「怒る!日本文化論 よその子供とよその大人の叱りかた(パオロ・マッツァリーノ)の詳細を調べる

    
コメント