高校文化祭の歴史とは?

学校における秋の名物行事といえば文化祭でしょう。かつては10月や11月がシーズンでしたが、最近では受験なども考えて9月、あるいは早いところだと5月や6月にやってしまう学校も多いようです。この文化祭にはどのような歴史があるのでしょうか。


戦後からはじまる

文化祭の歴史は古くからあるように見えるかもしれませんが、実際の歴史はそれほど古くはありません。文化祭が誕生したのは戦後になって民主主義が定着してからになります。当時はクラス単位で参加するというよりは、書道や絵画などの文化系のクラブの発表が中心だったようです。さらには著名文化人を招いた講演会なども行われていました。いわば地域を代表するような文化的イベントであったと言えるでしょう。

停滞からのクラス参加

それではクラス参加はいつぐらいから増えてきたのでしょうか。1960年代に入ると、ベビーブームにより子どもの数が増えてきたため、大学の受験戦争が激化していきます。そのため、文化部だけの発表会であっては文化祭が成り立たなくなってきたため、クラスごとで参加する学校が増えてきたと言われています。いわばこれは頭数を増やすような措置であったと言えるかもしれません。

学園闘争が激化

さらに、1970年代に入ると各地で学園闘争が起こるようになります。大学の全共闘運動などの影響を受けて、高校生による闘争も行われるようになりました。そのため、学校側がそうした動きを警戒して文化祭を中止にする、もしくは縮小するといった動きもあったようです。

遊びの場所か?

さらに1980年代に入ると、文化祭の内容は外部へ向けた発表会というよりは、内部で盛り上がる行事になってきたとも言われています。いわば内輪のお祭りといったイメージですね。それでも、楽しければいいというものはあるでしょう。良くも悪くも生徒の自主性が重要となるために、学校によって文化祭のレベルに開きが生まれるといった問題も生じるようになりました。

    
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