日本にスギ花粉症が出現した3つの原因

イギリスにおけるカモガヤ花粉症出現の経緯とほぼ同じことが、戦後の日本でも起こりました。それがスギ花粉症の出現です。第二次世界大戦前には見られなかったスギ花粉症が、戦後になって激増したおもな原因として、次の3つの原因が考えられます。


日本にスギ花粉症が出現した3つの原因

  1. アレルゲンであるスギ花粉そのものの増加
  2. 動物性タンパク質や動物性脂肪の摂取量が増加して、栄養条件が改善されたため、人体内の抗体産生能力が強くなったこと
  3. アレルゲンであるスギ花粉を人体まで運ぶ媒体である大気が、車社会の進行のために絶えず撹拌されて、落下した花粉が何回も空中へ巻き上がるようになったこと

1950年代に行なわれたスギの一斉植林が原因

ではアレルゲン量の増加についてみていきましょう。日本では、第二次世界大戦中に、各種戦争機材の原材料としてスギなどの樹木が日本国中で伐採されました。そのうえ、終戦の直後からは、復興のためにさらに山々の樹木が切り倒されたため、1947年のキャサリン台風などの大雨のときだけではなく、ちょっとした雨でも大洪水となりました。

このため、1950年代から、治山や治水の目的で森林を再建しようと、成長が早いスギを植樹しはじめたのです。同様に成長が早いヒノキも、1960年代から1970年代にかけて植林量が増加しました。

しかし、その後の国内復興、経済発展に伴って、安い輸入材が国内に多く流入したため、せっかく植林したスギやヒノキが成長しても伐採されなくなりました。人々が山林の手入れを怠ると、スギやヒノキは樹木に花粉を多くつけ、これを飛散させるようになったのです。

日本では一般的に、スギは樹齢30年前後から大量に花粉を飛散させます。スギ花粉症が1976年に激増し、大飛散年である1979年には大きな社会問題になったのはこのためです。すなわち、アレルゲンの絶対量が増加したため、アレルギーの発症率も増えたのです。スギ、ヒノキの花粉量の2000年の測定値を見ると、35年前(1965年)の3倍ほどにまで増加しています。

交通量の増加そのものが真の原因

車両通行量の多い地域ほど、いったん地面に落下した花粉が巻き上げられて、二度三度と繰り返して人の鼻粘膜に触れるためであろうと考えられます。

これらの原因さえなければ、花粉症に悩まされることなんてなかったのに…

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