怒りを抑えるのに役立つ名言を「怒らないこと―役立つ初期仏教法話」より紹介!

毎日怒りがこみ上げてきてしょうがないという人も多いですよね。今回は、アンガーマネジメントに役立つ良書「怒らないこと―役立つ初期仏教法話」より怒りを抑えるために役立つ名言を紹介します。


怒りを抑えるのに役立つ名言

よく「怒りたくないのに怒ってしまうのです」といった相談を受けるのです。答えは明白です。簡単で、完全な方法をお教えします。それは「怒らないこと」です。

仏教は、怒りを上手にごまかす方法などに、関心はありません。人生はあまりに短いのです。生きている間に、なんとかして少しでもまともな人間になりたいのです。あなたは幸福になりたいのですか? もし本当にそう望むなら、まず「私は怒りたいのだ。ロクなものではないのだ」と認めることです。それから「怒りとは何か」「我々はなぜ怒るのか?」を理解しましょう。問題の解決は、問題の理解から始まります。

自分が今怒っているかどうかわからない場合は、「今、私は楽しい?」「今、私は喜びを感じている?」と自問自答してみればいいのです。「べつに楽しくはない」「何かつまらない」と感じるならば、そのときは心のどこかに怒りの感情があります。「退屈だ」「嫌だ」などの感情があるときは、心に怒りがあるのです。「ああ楽しい」「幸せだなあ」「わくわくしている」というときには、怒りはありません。「元気です」というならば、その心に怒りはありません。このようにして、「怒り」というものを、文字面ではなく、「自分の心に生まれる感情」として把握してください。それによって、怒りというものをある程度認識できます。

役に立つ言葉なら簡単に忘れてしまう性格ですが、私たちは他人に嫌味などを言われたら、一生忘れないのです。その時に限って、物覚えが素晴らしいですね。いじめられたことだけ石に刻んだ字のごとく、生涯覚えておく。それで苦しむのは、かつて被害を受けた自分自身なのです。いじめた側が苦しむわけではありません。いじめる側に相手を生涯苦しませる意図はまったくないのです。私は「忘れないで覚えておくのなら、勝手にどうぞ。けれどあなたは不幸になりますよ」としか言えません。ほんのわずかなことでも、「あの人は私をいじめた、傷つけたのだ」と思うようになると、怒りが生まれてきます。

我々のおかしいところは、「競争しよう、競争しよう」と言いながら、負けると「負けて悔しい」ということなのです。負けて、どうして悔しがるのでしょう? 競争するのだから、勝ちも負けもあって当然です。どちらでもそのまま受け入れればいいのですよ。でも、そうはしません。だから負けると、怒りが登場するのです。

怒りをコントロールしなければ、誰一人として幸福になれないのです。だから我々は、あまり自分に甘えないで、怒りが生まれないように性格を調整するべきです。

怒りと戦おうとする感情もまた「怒り」なので、良くないのです。そうではなくて「なんとかして、怒らないような人格を育てよう」ということなのです。

怒りを甘くみてはいけません。怒りが生まれた瞬間に、からだには猛毒が入ってしまうのです。たとえわずかでも、怒るのはからだに良くないとしっかり覚えておいてください。怒りはまず自分を燃やしてしまいます。本当に自分のからだが病気になってしまうのです。

本当に偉大な人は、相手に「生意気言うな」などとは言わないのです。自分が間違いを指摘されたら、「はい、わかりました。自分が間違っていました」と言うだけです。もし小さな子供が言ったとしても、きちんと褒めてあげるのです。そういうことが、仏教で言っている道徳なのです。

怒りを制御できない人々は、お釈迦さまの言葉によると、人生のハンドルをただ触っているだけの人です。逆に怒らない人が、他の人々の手綱までつかんでいることになるのです。怒っている人々は、怒らない人が言う通りに行動しなくてはいけないのです。人々をつかんでいるのは(人々をリードするのは)怒っていない人なのです。いつでも、リーダーになるのは怒らない人です。

怒る条件が揃ってないときに怒らないのは、べつに褒められるほどのことではありません。本当に「怒りがない」ということは、怒る条件が揃っていても怒らないことなのです。みんなにけなされているときでも、ニコニコできることなのです。

怒ったら「自分は負け犬」と言い聞かせる。性格的には、怒る人は人間の中でも最低です。何にもできない負け犬です。

本当に力強い人、本当のリーダーはけっして怒りません。いわゆる「真の人間」は怒らないのです。怒るのは偽物だけです。ですから怒りを治める方法を身につけることで、我々は真の人間、真のリーダーになれるのです。怒らない人がリーダーになるのは当然です。でも、「怒らない」ということは、何にでも「はい、いいですよ。いいですよ」という態度ではありません。

誰かが悪いことをしていたら「それは悪いことですから、やめなさい」と言うだけ。それだけで終わるのです。怒らない人は自信があって落ち着いているから、怒っている人が相手でも感情のぶつけ合いになりません。理性的で思いやりがあれば、相手の立場に立って助言できます。それで怒っている人もプライドを傷つけられることなく、抜いた刀を納めることができるのです。

「怒り」は「負けた」と同じことです。負けると悔しいし、悲しいし、楽しくはないでしょう? つまり、不幸を味わっているのです。そして不幸を味わうことは、自分の人生に負けたということでもあるのです。反対に、怒るべきことがいっぱい出ているのに怒らない場合、その人は確実に勝っているのです。いつもの毎日の中で、いつもならここで怒り出すはずの瞬間に、怒らないように心掛けてみてください。そのあとの状況は、必ず自分の希望通りに運ぶはずです。怒らないでいる瞬間には、自分がその状況に打ち勝っているということを、しっかり感じて覚えておいてください。そうすれば負け犬にならず、勝利者になれるのです。

仏教の考え方は、アンガーマネジメントに役立ちます。イライラして仕方がない人は本書を読むことをおすすめします。

笑いは強者の証明で、怒りは敗北者の烙印です。

怒る人は幸せの大泥棒

偉大な人ほど謙虚でいられる  

我々も、余計なプライドを捨ててとことん謙虚になれば、怒らない

「正しい怒り」は存在しない

怒りが止まらないときにこの名言を思い出してください。また、今回の名言を紹介した「怒らないこと」はアンガーマネジメントの良書なので気になった人はぜひ読んでみてくださいね!

参考本

「怒らないこと―役立つ初期仏教法話1(アルボムッレスマナサーラ)」

    
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