藤圭子さんの死を悼む 精神罹患者を抱えた家族に伝えたい「当事者主導のリカバリーとピアサポート」

2013年8月22日、歌手の宇多田ヒカルさん(30)の母、藤圭子さん(62)が飛び降り自殺したことを受けて、26日に娘の宇多田ヒカルさんが「母は長い間、精神を病んでいました」とのコメントを発表しました。

「本人の意志で治療を受けることは非常に難しく、家族としてどうしたらいいのかずっと悩んでいました」

として、症状の悪化とともに現実と妄想の区別が曖昧になり、家族に攻撃的になっていったという苦悩が綴られていました。この報道を知った精神科医の和田秀樹さんの診断を報じた日刊現代によれば、統合失調症と躁鬱病の合併症である「統合失調感情障害」ではないかと分析しています。新型うつ病などと違って、大手メディアはこれまで統合失調症にはあまり熱心ではありませんでした。この悲劇を繰り返さないように、被害妄想に悩まされる精神罹患者を抱えたご家族と当事者のための当事者主導のリカバリーとピアサポートの現状をお伝えします。


精神障害の社会的差別を覆す アメリカ発祥の「リカバリー」

「リカバリー」概念の発祥地であるアメリカの精神障害者の当事者権利擁護運動は、常にその権利とエンパワメントを勝ち取るための社会的差別との闘いの連続でした。当事者である患者を精神科病棟に長期間入院させるという人権侵害甚だしい行為は1800年代半ばから始まりました。しかし1960年代以降、州立精神病院を中心に脱施設化が進み、当事者は病院から地域社会へと生活環境を移しました。「リカバリー」自体は精神疾患をもつ当事者の手記の公開によって1980年代からアメリカで普及した概念でした。

従来の精神罹患者のラベリングは、自分自身の人生を営む能力が発揮できない、
深刻な情緒・感情的苦痛がある、
期待される社会的役割を果たすことができない。

この3条件を満たす時に貼られると、自身も当事者であり、マサチューセッツ州ローレンスのナショナルエンパワメントセンター代表 ダニエル・フィッシャー博士は「The Ten Essential Shared Capabilities第7章『リカバリーを促す』」の中で記しています。リカバリーとはこれらに抗する希望的概念のことで、

1. 当事者主導
2. 回復できる
3. 夢や目標を持つ(自己実現)
4. 自己決定
5. ピアサポート

などの価値観を有しています。統合失調症を始め、医学的に未だ原因が解明できていない慢性化する可能性の高い精神罹患者でも、当事者各自が自己開示してその症状はその人の一部だと受け入れ、人間としての魅力や技能などのストーリーを共有する。そうして「人生の新しい意義」を見出し、支援していくことこそがリカバリーであり、精神罹患者同士、またその家族で築くコミュニティやセルフヘルプグループの主役は当事者自身なのです。

なぜ専門職にあまり浸透しない?日本のリカバリーの現状

日本に「リカバリー」という概念が入ってきたのは2000年代からではないかと30年前に創立された「浦河べてるの家」は、当事者研究会と呼ばれるリカバリーを実践してきたその歴史ある歩みを自負しています。

また、アメリカでマリー・エレン・コープランドさんを中心に当事者自らが開発した「WRAP (Wellness Recovery Action Plan)」も「元気回復行動プラン」として日本に紹介されてから、もう、5年が経過しようとしているのに、日本の精神科医の多くは「リカバリー」という概念を知らないのが現状です。なぜでしょうか。

科学研究費「精神障害者の語りの実践と関心コミュニティの展開可能性」研究代表者で成城大学社会イノベーション学部の南山浩二教授は、国内外の研究や政策展開をふまえながら、日本の場合、精神保健福祉政策とサービスをリカバリー志向へと転換させようとする政治的な意志が未だ極めて弱い状況にあると指摘しています*1。

行政だけの問題ではありません。群馬大学大学院 医学系研究科 神経精神医学の福田正人教授は「医療や福祉や保健に従事している、いわゆる「専門家」は「病気の専門家」ではない」と極めて希有で良心的な見解を述べています。「病気を体験している本人以上の専門家はありえるでしょうか。」*2と。アメリカのコートニー・ハーディング博士の言葉を借りるなら、「ほとんどの臨床家は人びとが統合失調症などの精神病からリカバーできるとは信じない。」問題は専門職が「臨床家の妄想」と呼ぶ思い込みを患っていることだと言います。

リカバーして精神保健福祉士に 小川瑛子さんからのエール

日本で「リカバリー」志向サービスのピアサポートを全国でも先駆けて導入している医療の現場があります。山梨県甲府市精神科住吉病院です。リカバリーサービスの一つとして位置づけられるピアサポートとは、尊敬や責任を共有し、何が当事者の助けになるのかについて話し合って決めるという原則に基づいた援助を行うシステムのことです。

*2住吉病院ピア精神保健福祉士 小川瑛子さんは精神科に通院して13年目になった時、「当事者としての経験があるからこそ、この仕事がしたいんです!」とその情熱を買われて障害者雇用枠ではなく、正規の精神保健福祉士雇用枠で就職しました。症状がひどく、「眠れないから開き直って勉強したら、国家試験に合格した」と言います。

*2住吉病院の中谷真樹医師は小川さんを採用して感じる利点を「精神的困難を経験しても、人間としての魅力がある。有能である。という見方を広める周囲への良い影響があります。それは精神的困難を経験していない人間の介助が改まることに繋がる。」と語っています。

小川さんは就労支援の面接について特に意欲的で、「働きたいという方は確かにいて、『まだやめた方がいい』とか『まずは作業所からにしろ』とか他に言う方もいたのですが、私は『何かやってみたいことがあったら、まずは、その方の挑戦したいことをしてみて、その経験から感じたことを基に実践してやってもらえたらいいな』と思ったので、面接などを通して応援します。」と熱を込めていました。「病気は私の一部であって、私=当事者だと思って見てほしくない。人間としてどうか。能力や魅力も含めて見てほしい。」その言葉が深く印象的でした。

いかがでしたか?狭義の意味で統合失調症の中でも攻撃的な精神罹患者は、事件を起こしたりする犯罪者予備軍ではないかという見方をされがち。近年精神的困難をリカバーした元当事者の方が、当事者だからこそ分かるリカバリーコーチとしてのピアスペシャリストになる実践も欧米諸国に学び、取り入れられています*2。もちろん、これらの取り組みには課題も散見し、不完全なものです。

ですが、当事者からリカバーして専門職に就いた小川瑛子さんのみならず、当事者運営サービスの代表としてご活躍されている方もまだまだいます。もし、統合失調症を初めとする類似病状への理解や支援の情報が浸透していたら、亡くなった藤圭子さんも、飛び降り自殺という悲劇的な人生の幕引きをしなかったかもしれません。この記事から故人の魂が浮かばれ、また自殺者をこれ以上出さないことを心から祈年して、本稿を終えたいと思います。

「リカバリーの学校の教科書:精神疾患があっても充実した人生を送れます(飯野雄治)」の詳細を調べる

*1 南山浩二(2011)「メンタルヘルス領域におけるリカバリー概念の登場とその含意―ロサンゼルス群精神保健協会ビレッジISAに焦点をあてて―」静岡大学人文学部『人文論集』62 (1),pp.1-20

*2 「リカバリー全国フォーラム2013シンポジウム『リカバリー志向サービスへの転換』」登壇者発言より

    
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