【本当にあなたの子ども?】嫉妬が生まれた理由「ママのベイビー、パパのメイビー」

嫉妬が生まれた理由を考える上で、「ママのベイビー、パパのメイビー」という言葉があります。「ママのベイビーだけど、パパにとっては多分ベイビー」という恐ろしい言葉です。一体どういうことなのでしょうか?


女の浮気による男の破滅的コスト

子供の父親であるかどうかが疑わしくなると、男は大変なコストを負うことになる。進化の観点からいえば、男性は、女性に求愛しているあいだに投資した時間や労力や贈りものも含めて、パートナーのために費やした労力のすべてがむだになる。

男性は経済学者が機会費用と呼ぶものを負うことになる。ひとりの女性にすべての労力を費やした結果、ほかの女性との機会が失われることをいう。女性はライバルの子供の面倒をみることになるから、妻を寝取られた男性は自分の子供に向けられるはずの女性の母親としての献身も失う。男性は自分の子供と思い込んでライバルの子供の世話をする可能性がある。

最後に、男性には自分の評判を落とす危険も生じる。妻を寝取られた男性は世界中どこでも他人からあざけりの目でみられるからだ。

このような破滅的な代価を支払わなければならないことを考えれば、進化はそれを未然に防ぐ強力な対抗手段をこうじているにちがいない。その最有力候補が嫉妬である。男性が負うリスクの性質が、その心理に男性の性的嫉妬の特徴となる深い溝を刻んでいるはずである。

男性の嫉妬はパートナーの浮気の性的側面に深くかかわっているにちがいない。女性の性的浮気は、浮気のほかのいかなる形にも増して、先祖の男性に最大のコストを負わせた。このことはわかりきったことに思えるかもしれないが、同じ論理が女性にはあてはまらない。

女は、心をともなわない浮気なら許す

一方、女は子供の母親であることに常に100パーセント確信がもてる。出産し、子供が自分の子宮から出てくるのをみた母親は、その子がほんとうに自分の子だろうかなどと疑問に思うことはない。アフリカのある文化には、男女のこのちがいをどんな専門家の説明よりも巧みに表現したこんな言葉がある。

「ママのベイビー、パパのメイビー(たぶん)」。どんな男も完全には確信できない、血のつながった親であるという保証を女は与えられているのだ。

われわれの祖先の母親たちは別の問題に直面した。パートナーである夫の献身がライバルの女とその子供たちに向けられ、自分から失われるという危険である。精神的な深いかかわりがあるかどうかがこの危険の何より確かなシグナルとなるので、女たちはパートナーの心がほかの女に奪われたのではないかと血眼でその証拠を探そうとする。

夫の一夜の浮気もつらいことにはちがいないが、ほとんどの女たちは「その女を愛しているの?」とききたがる。感情のともなわないセックスだけの浮気のほうが、ほかの女にパートナーのやさしさや時間や愛情をがっちり握られる悪夢よりも許しやすいのだ。

一度ぐらいの体だけの浮気なら許してしまうのだ。その一方で男は、一度でもパートナーがライバルの男と体の関係を持てば、ライバルの子供を宿しかねないから、たった一度の浮気でも許せないのだ。

「ママのベイビー、パパのメイビー」考えさせられます。

「一度なら許してしまう女 一度でも許せない男―嫉妬と性行動の進化論(デヴィッド・M. バス)」の詳細を調べる

    
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