日本人と上海

上海は、日本人とはなじみふかい場所です。
戦前の上海は日本人にとってはパスポートなしで行ける「外国」でした。金子光晴の自伝的小説「どくろ杯」には、その妖しい都市の魅力が綴られています。


もっとも近い外国?

上海は日本からもっとも近い外国でした。戦前の朝鮮半島は日本であったので、外国というのは朝鮮半島の北端と国境を接していた満州国か中国になります。現在ならば飛行機で難なく行けてしまう場所ですが、戦前は船と鉄道を乗り継いでゆかなければいけないので遠い場所でした。その点、上海は日本にもっとも近い外国であり、九州の長崎からならば船に乗って一昼夜すればつける大都会であったのです。

長崎とのつながり

長崎の人にとってみれば、蒸気機関車にゆられて大阪や東京へ行くよりも上海へ行ってしまった方が近いというものがありました。上海と長崎の文化的、商業的なつながりは強かったようで金子光晴の小説にも、上海の中国人が長崎なまりの日本語を片言で話す場面が出てきます。学校でならったわけではなく、多くの日本人と接しているうちに長崎なまりの日本語を覚えてしまったのでしょう。

モダンな都市

当時、上海には租界と呼ばれる場所があり、欧米各国や日本が独自の空間を作り上げていました。租界にはそれぞれの国の様式に応じた建物が作られ、現在も観光名所となっています。上海はそれほど洗練されていてモダンな都市であったのです。

「ベトナムに進出する時に知っておくべき4つのこと」の詳細を調べる

    
コメント