没後10年に読む見沢知廉

見沢知廉という作家がいました。2005年に46歳の若さで亡くなっています。自殺と言われています。これはペンネームです。一説には見沢という苗字は、尊敬する三島由紀夫にあやかって付けられたものだとも言われています。新潮文庫に自分の作品が入ったならば、三島由紀夫の隣に並べられる作家になりたい、という思いが込められているのです。実際「天皇ごっこ」「調律の帝国」をはじめとする著作は新潮文庫に収められ、三島由紀夫の隣に並ぶこととなりました。現在は絶版となってしまっているのが残念です。


作家の経歴は?

見沢知廉は東京都内の裕福な家庭に生まれます。しかし、幼少期からさまざまな悩みを抱え、高校時代は当時活性化していた新左翼運動に傾倒します。開港を直前に控えていた成田空港の反対闘争にも参加しました。しかし左翼運動に失望し、今度は右翼運動へ向かいます。既存の右翼運動ではなく、反米路線を掲げる新右翼運動にコミットします。しかし、スパイと疑われる人物を殺害してしまい、刑務所に入ることになります。獄中で小説を書き上げ新人賞を受賞したのが、代表作「天皇ごっこ」の元になるものでした。

多彩な文章

見沢知廉は文学作品だけでなく、多くの雑誌に連載コラムを持っていたことでも知られました。媒体も暴走族雑誌からエロ本まで、縦横無尽です。サブカルチャー全般を愛好していたとも言えるでしょう。小説のいくつかは単行本にまとめられましたが、これらの文章群が単行本化されていないのは残念でなりません。没後10年を機に彼の作品が再び読まれることを願います。

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