大正時代に村上春樹がいた?

村上春樹の小説の魅力とは何でしょう。初期の青春小説にあるものは、男女がとりとめもなく会話を交わし、淡々と生きていくという世界とも言えるのではないでしょうか。村上春樹の小説はアメリカのサブカルチャーの影響を大きく受けています。しかし大正時代にも村上春樹のような作風を展開していた作家がいました。


ボヘミアンな暮らし

大正時代の村上春樹といえるものが龍胆寺雄です。りゅうたんじゆうと読みます。彼の著作でもっとも手に入れやすいものは、講談社文芸文庫から刊行されている『放浪時代・アパアトの女たちと僕と』でしょう。これは、大正時代にきままに過ごしていく男女グループの姿が描かれています。彼ら、彼女らは天体望遠鏡を覗かせてお金をとったり、ショーウインドウの飾り付けをしたり、あるいはちょろっと翻訳仕事などをして過ごしています。今でいえば手に職のあるクリエイターというような扱いになるのでしょうが、この当時でいえば「何をしているかわからない人たち」という扱いであったのは確かでしょう。

早すぎた作家

龍胆寺雄は1992年まで長生きしていますが、戦後の経歴はあまり知られていません。サボテンに関する独自の研究などを行いエッセイなどを執筆していたようです。文壇を批判したところから、地位を失ったとも言われています。しかし文壇が保守的な場所であったことは確かでしょうから(これは現在にも続くものです)、その空気を嫌ったというのはあるかもしれません。その点を含めて龍胆寺雄は早すぎた若者、早すぎた作家であったのかもしれません。

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