江戸城天守閣昔からない?

日本を代表する歴史的建造物はお城でしょう。中でも、お城を代表する場所が天守閣です。中には天守閣に登れるお城もありますが、そこから眺める街の景色は雄大なものです。


すぐに焼けた?

現在の皇居となっている場所はかつて江戸城が築かれていました。徳川家康が、江戸幕府を1603年に開業して以来、約300年間にわたって続く、江戸時代を代表する建物です。しかし、江戸城の天守閣はそのほとんどの時代に存在していません。江戸城の天守閣は、1657年に発生した明暦の大火によって焼けてしまったのです。江戸城の天守閣まで燃えてしまうのですから、当然江戸の街のほとんども燃えてしまいました。死者も、最大で10万人といわれており、日本の歴史上でもかなり大きな火事です。この火事を受けて、防火対策などが議論されるようになり、延焼を防ぐための広小路(広い道路)が作られるようになりました。銀座線の駅名である上野広小路は、その際に作られた広小路の1つとなります。

なぜ再建されなかったのか?

それではなぜ、江戸城の天守閣は再建されなかったのでしょうか? それには四代将軍家綱の叔父である保科正之の助言があったためと言われています。保科は、天守閣はただの見世物であって、時代にそぐわないものであり、資金は街の復興に使うべきと言ったそうです。確かに街の大半が焼けてしまった大火なのですから、優先されるべきは、江戸の街全体の復興であったのでしょう。

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