永六輔さん元祖ハガキ職人?

2016年7月7日に、作家でタレントの永六輔さんが83歳で亡くなりました。この6月末まで、ラジオ番組のレギュラーに出演するなど、元気な姿を見せていただけに、亡くなったことを惜しむファンも多いのではないでしょうか。


放送作家が最初のキャリア

永六輔さんは現在のマルチタレントの先がけというべき存在です。タレントとしてだけでなく、エッセイなどの文章を書き、音楽の作詞を行い、放送作家としても活躍します。永六輔さんが最初にメディアに登場したきっかけは放送作家としてでした。永六輔さんは昭和8年生まれの最後の戦前世代というべき人です。戦時中は、長野県に疎開をしていました。終戦後、東京へ戻り、早稲田中学に通いながら、ラジオに興味をもちはじめます。秋葉原で部品を買い集め、電源なしで聞ける鉱石ラジオを組み立てていました。

元祖ハガキ職人?

やがて組み立てたラジオで、放送を聞くようになるとNHKで放送されていた「日曜娯楽版」にネタを投稿するようになります。そこで売れっ子放送作家であった三木鶏郎の目にとまり、放送作家としてのキャリアをスタートさせます。この時永さんは、早稲田大学に入学していましたが、のちに仕事が忙しくなり中退します。もともと永六輔さんは、ハガキ職人からプロになったのです。いまでもこのパターンはありますが、その元祖的存在であるともいえるでしょう。さらに同じく、早稲田とマスコミ、早稲田中退と文化人といった組合せの元祖ともいえるかもしれません。

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