本当は聖人ではない宮沢賢治

宮沢賢治という作家がいます。主に童話作家として知られ「銀河鉄道の夜」や「月夜の電信柱」「なめとこ山の熊」「注文の多い料理店」などの多くの名作を残しています。同時に詩人としても知られ赤貧の生活を礼賛した「雨ニモマケズ」や、妹の死を描いた「永訣の朝」などの名作を残しています。宮沢賢治は生前は、作家としての評価を受けることはほとんどありませんでした。作家活動ともに、地元の岩手県の花巻市において、農民たちの相談に応じて、土壌改良なども手がけていた聖人君子のようなイメージがあります。坊主頭で朴訥な表情をした姿も、そのイメージを増幅させていることでしょう。しかし、宮沢賢治はそのような聖人だけにとどめておくには惜しい存在です。


本当に人のためだろうか?

宮沢賢治の人格を現すエピソードとして優しさがあります。お金に困った友人がいれば、その友人のために月給をすべて渡してしまうといった話が残されています。ならば、自分の生活費はどうしていたのでしょうか。宮沢賢治は、とてもお金持ちの家に生まれていたので、お金で苦労することはなかったようです。つまり、宮沢賢治の人のために尽くしたというエピソードの裏には、親が金持ちという裏事情も存在するのです。

山を愛する男

さらに宮沢賢治は山を愛し、鉱物を愛していました。理科系の科目の中でも地学の知識がかなりあったようです。ドイツから原書を取り寄せて読みふけることもあったようです。これもお金持ちの悠々自適な趣味と見ることもできるかもしれません。

「80年代の村上春樹と村上龍」の詳細を調べる

    
コメント