加藤智大の知られざる素顔

2008年6月に、秋葉原の路上で連続殺傷事件が発生してから7年目の夏を迎えました。犯人として逮捕された加藤智大は、2015年2月に死刑が確定しています。逮捕時、犯人が不安定な派遣労働者の立場に置かれていたことから、社会構造が犯罪を生み出したのだという見方もされました。さらに、母親から多大な抑圧を受けたゆがんだ生育環境も明らかとなりました。同じく抑圧を受け育ったことを、週刊誌に手記を寄せて明らかにしていた加藤の弟はのちに自殺しています。


友達はいた?

加藤は友達がいなくて孤独であり、恋人もおらず、携帯電話から利用するインターネット上の掲示板だけが心の拠り所であったと言われました。そこで「なりすまし」が現れたことが犯行の動機だとも述べています。友人のいない孤独な人間が追い詰められた末に凶行におよんだと理解されることも少なくありません。しかし、中島岳志の『秋葉原事件加藤智大の軌跡』(朝日文庫)を読むと決してそれだけにとどまらない人物像が浮かび上がってきます。加藤智大は友人にめぐまれていました。岐阜県の短期大学を卒業後は職を転々としますが、一時期は仙台の友人のアパートに転がりこんでいます。さらに、恋人がいた時期もあったようです。誰にも相手にされない孤独な人物は当てはまりません。

兄貴分も?

さらに、青森で牛乳の配達会社に勤務していた頃には、年上の頼れる先輩とも知り合っています。加藤は相談事を男性にしていたようです。加藤は男性に失礼な質問をして怒られています。その場で号泣をして謝るも、その後から男性を頼るようになったといいます。自分を親身になって叱ってくれた人を頼ったのかもしれません。これだけの人間関係にめぐまれていながらも、なぜ加藤は犯罪を起こしてしまったのでしょうか? この最後の謎はいまだに明らかになっていません。

中島岳志が著した『秋葉原事件加藤智大の軌跡』(朝日文庫)には加藤智大の知られざる顔が記述されています。

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