甲子園、東東京と西東京の越境

熱狂の甲子園大会が終わりました。優勝校は神奈川県代表の東海大相模高校です。さらに、怪物バッターとして知られるオコエ瑠偉を擁する西東京代表の関東第一高校や、1年生レギュラーとして注目された清宮を擁する東東京代表の早稲田実業校なども注目を集めました。


もともとは東東京

早稲田実業高校は、もともとは東東京大会に出場するチームでした。しかし、所在地が、新宿区から、国分寺市に移転したため、西東京となったのです。東京都は、東東京、西東京ともに強豪校がそろっているため、地区が変わったからといって、優勝しやすくなったというわけではありませんが、共学化や、付属小学校も設置されているので、学校自体は大きく変わっています。

日大三高も

西東京の強豪校として知られる日大三高ももともとは東東京に所属するチームでした。もともと日大三高は、港区の赤坂に存在していました。かなり都心部に存在する学校であったのです。しかし、1976年に、町田市に移転しています。そこで、東東京から西東京へと移り変わったのです。赤坂という都心の一等地に学校があるのはいいのですが、グラウンドなどの体育施設はどうしていたのか気になります。実は野球部は、調布市の多摩川べりのグラウンドを練習場としていました。野球部だけは、もともと西東京の地域で練習していたのです。

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