占領下の小笠原の教育は?

今年は戦後70年の節目にあたります。日本は敗戦によって、本土四島と付随する諸島をのぞくすべての土地の権利を放棄しました。そこには沖縄、奄美、小笠原といった離島も含まれていました。


小笠原諸島も占領

小笠原諸島も、敗戦後から、1968(昭和43)年にいたるまで、23年間にわたってアメリカ軍によって占領されていました。小笠原諸島はほかの占領地とは違い、島民の帰島がしばらく許されませんでした。まず、帰島が許されたのは明治以前から住んでいた欧米系の島民たちです。小笠原諸島は、かねてより船の寄港地として知られていました。そのまま、小笠原諸島に住み着く人もおり、これが欧米系島民のルーツとなります。現在でも小笠原諸島には、欧米系の苗字にそのまま漢字を当てたものが存在します。

高等教育はグアムで

当時の小笠原諸島には高校は存在しませんでした。そのため、中学を卒業し高等教育を受ける場合には、グアムに行ってしました。当然、授業はすべて英語です。さらに、小笠原諸島への物資の輸送もグアムから行われていました。本土よりもグアムとの結びつきが強い土地であったのです。

現在も使われている?

現在も、小笠原諸島で離される方言には英語をルーツとするものがあります。これは明治以前の欧米系島民の間で離されていた言語もさることながら、アメリカの占領政策の影響もあるといえるかもしれません。

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