舛添要一と学士助手

舛添要一が東京都知事を辞職しました。舛添要一といえば、80年代から「朝まで生テレビ!」に出演するなど、インテリのタレント学者というイメージが強くあります。当時の肩書は東京大学助教授でした。


フランス政治の研究者

舛添要一は九州の進学校から、現役で東京大学に合格します。さらに同大学を4年で卒業すると助手に採用されます。その後フランス留学を経て、東京大学助教授となります。大学の先生になるには、通常は大学院へ行くものですが、彼の経歴ではそうではありません。

学士助手制度とは?

現在は存在しませんが、かつて東京大学の法学部には学士助手という制度がありました。これは成績の優秀な学生を、大学院を経由せずに直接助手に採用するものです。助手になると3年間で助手論文を書き上げる必要があります。これは一人前の研究者として認められる博士論文に相当するものです。大学院は修士課程二年、博士課程三年の五年間をかけて論文をしあげるのですから、東大の助手論文は相当ハードルが高いものだといえるでしょう。

最短25歳で大学に就職

学士助手が助手論文をパスすると最短で25歳で、どこかの大学に助教授、准教授待遇で就職できることになります。まさにエリートの象徴といえる経歴でしょう。学士助手制度は東京大学のほか、京都大学、一橋大学、東北大学、名古屋大学といった国立大学のほか、中央大学、大阪市立大学などに存在していました。現在はすべての大学で廃止されています。

なぜ存在したのか?

学士助手制度が最後まで存在していたのは東京大学の法学部でした。これはなぜでしょうか。大学院へ行って何年もかけて専任ポストを手に入れるというのはなかなか割が合わないものです。そのため成績が優秀な学生に、しかるべきポストを保障する道として、学士助手制度が存続していたといわれています。

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