中村一義とロック・イン・ジャパン

夏のロックフェスティバルというのは日本の音楽シーンにすっかり定着した感があります。邦楽のロックフェスティバルといえば、ロッキング・オン社が主催する「ロック・イン・ジャパン・フェスティバル」でしょう。このロックフェスにはさまざまないわくがあります。


第一回目途中中止

ロック・イン・ジャパン・フェスティバルの第一回が開催されたのは2000年のことです。この回は、台風が接近し、開催中に天候が悪化してゆくアクシデントに見舞われました。途中中止という形になり、中村一義の出演がかないませんでした。中村一義は1997年に「犬と猫」でデビューします。中村一義の音楽は、ヴォーカルはもちろん、ギターやベースなどすべての楽器を自分で演奏し、自宅にそろえた機材で多重録音を行いひとつの作品にしあげていました。そのため彼は天才と形容されることはもちろん、すべて一人で行うさまに孤独、孤高のイメージを思い浮かべる人も多くいました。

バンド編成

ですが、ロックフェスティバルに出演した中村一義は一人ではなく、バンド編成を組みます。これまですべて一人でやっていたもの、完璧をもとめてやっていたものを他人に託すということは、初めて彼が他人、他者、社会と接触するきかっけであったのかもしれません。翌2001年のロック・イン・ジャパンでリベンジ出演を果たした中村一義は、バンド編成を発展させ、100s(ひゃくしき)というバンド活動に結実することになります。

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